大切なのは、その痛みにそっと寄り添うこと
エマッドがついに“犯人”と対峙するクライマックスは、呼吸すら許されない緊張感に圧倒される。
これは単なる復讐劇ではない。憎悪と慈愛が入り混じる。かろうじて人の姿をした者に対する感情が、怒りと赦しのど真ん中で炸裂する。“犯人”をエマッドとラナに限らず、観客の誰もが許しがたい目で見つめるだろう。しかし、“犯人”もまた人であり、私たちと同じ世界に生きているのだ。
ラナはどうあがいても深く傷が残り続ける。そこに解決なんて事象は起こり得ない。エマッドがすべきことは解決を目指すのではなく、ただじっとラナの気持ちに寄り添い、その痛みと付き合う時間が必要なのだろう。感情に身を任せて、怒りと憎しみから生むものは何もない。
理性を掻き乱されていくストーリーの顛末は、さらに感情を剥き出しにする。そこにはたとえ悲劇がなくても、どんな男女間でも起こりうる問題が浮き彫りに出される。
男女が分かり合えないことは当たり前の上で、それを理解しながらその痛みに近づこうとすることの大切さを知る。
起こってしまった出来事はもう記憶から消すことはできない。
痛みとの向き合い方について、この作品を通じて考えることができるだろう。
ストーリー
教師・エマッド(シャハブ・ホセイニ)とその妻・ラナ(タラネ・アリシュスティ)は小さな劇団に所属し、俳優としても活動している。
ある日、引っ越して間もない自宅で、エマッドの留守中にラナが侵入者に襲われ、身も心も傷つけられる。 犯人を捕まえたいエマッドと、表沙汰にしたくないラナ。すれ違う二人の生活は一変し、互いに心の距離が生まれていく中、やがてエマッドが“犯人”を突き止める――。
6月10日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
監督・脚本:アスガー・ファルハディ
キャスト:シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリドゥスティ
配給:スターサンズ=ドマ
原題:FORUSHANDE/2016年/イラン=フランス映画/124分
URL:『セールスマン』公式サイト
Text/たけうちんぐ
次回は<SMとは本能を解放する象徴なのだ。あの“おとぎ話”が再び『フィフティ・シェイズ・ダーカー』>です。
恋愛未経験のアナは若き起業家のグレイと恋に落ちるが、倒錯した愛の形を受け入れられずに彼の元を去る。その後、復縁を求める彼と再会し、めくるめくSMの世界へ——。激しい官能シーンが話題となったあの作品の続編。
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