「好きな男の子がスターになるところを撮ってやる
っていう監督がでてきてほしい」
――長回しのシーンが幾つか見られて、そこに夏芽と航一朗の距離や関係性が感じられました。おとぎ話「COSMOS」のMVも長回しだからこその表現があったと思いますが、そこに意図したものはありますか?
正直に言うと、その日の気分ですね(笑)。でも海とか池とかって、前の日に雨が降ったり、潤ったり渇いたり、コンディションも全然違うから。その日に見て生きたものとしての風景に当て書きする感覚があるのかな。その海や池を見て、その波紋を感じると、ここは長回しのほうがいけるなっていう気分になる。結果的に水のシーンの長回しが多い気がします。波とかは、カットしないほうが静かな時と波打つ時と違いがあって、そういうものを感じていたからかもしれないです。世界が呼吸してる感覚を、映画に生かしたいですね。
――そこで思いがけない効果が得られたりしましたか?
自分が撮る側だからこそ、みずみずしい長回しと、つまらない長回しの違いって何なんだろう? ってよく思うんです。この作品の場合は、心象風景としての長回しがあるのが常なのかも知れないですね。役者さんの身体が走っていても、走り出せない心がずっとそこに在るままだと、カメラが動かなかったり。そういうシーンの心の重さとカメラの動かなさはすごく共通しているんだろうな。
どれだけ小松さん自身が笑っても、生きているのが哀しいって感じがすごくします、彼女が生きてる限り。そういう裏腹さというか。思春期の身体はめっちゃ動き回るんだけど、どれだけ動いても動いても、抜け出せなくて引っ張られるものがあるなぁって。「長回しやっている」って思ってやった部分は一つもなくて、ああ、ここは動けないなぁ、だって心はどこにも向かえないんだねっていうカメラでしたね。
――全体を通して醸し出すムードが大島渚監督の青春映画のような、揺れたり不安定なズームなどの撮り方がいい意味で荒っぽくて、メジャー映画ではなかなか感じられない衝動的な部分が多々ありました。
今まで、衝動的なものを作ろうとしたことは全然なくて。でも結果、そうなっちゃってますもんね(笑)。きっと初期衝動とかを出そうと意識して撮ったら、また違った“上手い衝動”の感じが出たと思うんです。そうするとすごく二次的なもの、衝動をきれいに模したものが生まれたと思うんですけど、この作品の場合はほんとに生の傷が映って、それだからこそ輝いて、不思議ですよね。
それはすごく不思議で、ベテランのカメラマンの柴主(高秀)さんですら揺らぎながら、あの現場の熱の中に居たんだなぁって。もちろん現場でモニターを見ているんですけど、波でも熱でもそういう風に撮れてしまうというか撮ってしまったというか、事後的な衝撃感がすごくある撮影でしたね。でも傷だらけだからこそ、何度見てもフレッシュに蘇るんでしょうね。人間が作ったっていう証拠だから、傷は。そうやって芸術は愛されてきたのかもしれません。一点の曇りもない物だけが美なんじゃなくて、曇り空だって、人の心を揺さぶりますよね。
――最後に、この作品で観客に何を感じてもらいたいですか?
宣伝部さんも宣伝をとっても頑張ってくださって、小松菜々ちゃんも菅田将暉くんも大人気で、きっと若い子に愛して観てもらえるし、それがすごく楽しみである一方、これを観て初期衝動とかを触られて「自分もクリエイションしよう」っていう子が出てきてくれるのを信じています。そういう期待感がありつつ、ほんとに予期せぬことこそ起きてほしいです。それが最悪な事態でもいいんです。
『溺れるナイフ』では、もう何が起きてもいいって思っているので、それくらいの熱量で伝わってほしいですね。星5つつける映画じゃなくても全然いいから、一週間経っても一ヶ月経っても学校でプリプリ怒れるような。日曜日にプリクラ撮っても次の週には観たことを忘れちゃうような映画じゃなくて、「なんなんだよ!」ってずっと怒ってもらうような映画になってほしいですね。自分事として、インパクトとして届いて欲しい。映画が生まれるって、それくらいの事件だと思うから。
今日(取材日の10月18日は一般試写会)も早くから券を交換するために並んでくれている女の子の顔を見ると、泣けてきます。そういう根性があったら映画監督って全然なれちゃうとも感じます。しかも女の子が監督になるのは狙い目ですよ、キャッチーな感じで(笑)。大好きな男の子がスターになるところを撮ってやるって、そういう下心を持った子が出てきてくれたらほんと最高だなって思いますね。そんな夢みたいなことがあったら、この先何があっても大丈夫なんだと思いますね。
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“地獄巡り”というキーワードにハッとなった。たしかに見かけは瑞々しい少女でも、山戸監督の作品に登場する女の子はいつだってもがいている。その地獄を味わった人なら、監督が語るように夏芽が「生きているだけで哀しい」存在として身に沁みて感じられるだろう。
少女の生の傷が色濃く記録される。意図せぬ衝動がスクリーンから沸いて出る。この作品から新しい扉を叩く。そんな野心が感じられる。全国の地方の何者でもない女の子たちの表情が、この作品を境に変わるかも知れない。監督が願う「予期せぬ出来事」は決して最悪な事態ではなく、最良の方向へ進む予感しかしない。
★渾身の本作レポート!>>【思春期は戦場だ!少女の自意識が一人の少年の魅力で壊されるとき『溺れるナイフ』】
★山戸監督処女作>>【あなたの記憶から鮮明に蘇る、少女(処女)の煌めき『あの娘が海辺で踊ってる』】
★商業映画デビュー作>>【映画界最注目監督の最新作!あなたの中の“少女”が今まさに悲鳴を上げ、暴き出される『5つ数えれば君の夢』】
11月5日(土)TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー
監督:山戸結希
脚本:井土紀州、山戸結希
原作:ジョージ朝倉『溺れるナイフ』 (講談社「別冊フレンドKC」刊)
キャスト:小松菜奈、菅田将暉、重岡大毅(ジャニーズWEST)、上白石萌音、志磨遼平(ドレスコーズ)
配給:ギャガ
2016年/日本映画/111分
Text/たけうちんぐ
次回は<『百円の恋』脚本家が初監督!男子の“おっぱい”への想いがつまった“性春”ストーリー『14の夜』>です。
学校は冴えない。父親はカッコ悪い。友達も俺もダサい。そんな悶々とした14歳のタカシの耳に「町に一軒しかないビデオ屋にAV女優がサイン会にやって来る」という情報が入り、刺激的な夜を明かすことになる——大ヒット作品『百円の恋』の脚本家・足立紳の監督デビュー作。