他人の人生を背負うこと

「だって重いじゃん。人生の責任を負わされるのは」。

皆と別れてから、彼の言葉の意味を考えた。

以前から、元彼女が仕事を辞めたがっているとは聞いていた。彼にはじゅうぶんな収入があったから、元彼女ひとりくらいは余裕で……いや、子供が生まれても、家族を養える余裕はあっただろう。だからこそ、元彼女は彼を選んだのかもしれないし、彼だって経済的余裕があったからこそ(結婚はしなかったとはいえ、一時でも)そういう女性を選べたのかもしれない。

……でも、わかるのだ。彼の気持ちがものすごく。

もしもわたしが結婚を考えたとして、相手が仕事をやめてしまったら、かなり不安になると思う。経済的にも精神的にも「あなたがいないと生きていけない」人の人生を背負うのは、ちょっと、いや、かなり勇気がいる。今は男性も同じなのかもしれない。

女性が働くようになって、男性がひとりで家族を「養う」「守る」時代ではなくなってきている。養う力、守る力は男性だけのものではなくなったけれど、それは同時に、男性たちを男らしさから解放する流れとも言える。
そして家族のあり方に多様性がうまれた今、かつて女性らしさの象徴だった「か弱さ」は、魅力として捉えられづらくなってきているのかな、と思った。

ふとした瞬間に「君を守るよ」みたいな歌詞を耳にすると、「何から?」と疑問がわく。経済的な意味なのか(マジ?)、痴漢や暴漢からなのか(いつ?)、それとも各種災害・トラブルからか(保険?)、もっと超然的なご利益があるのか(神?)。
特に結婚の予定のないアラサーOL的には、守ってもらえなくてもいいので保証してほしい。そうだな、たとえば年金とか。

Text/白井瑶

初出:2018.12.27