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自分が下した決断に対する「大人の」責任の取り方

私だったら体を張らない

肉乃小路ニクヨ 恋愛 ニューレディー おネエ 淑女 John St John

 覚醒剤を使っていたプロ野球選手について話題になっていますね。
私が気になったのは、いくつかのニュースで
なぜ周りが止めてあげられなかったのかということを言っていたことです。
自分の家族なら、友人なら、恋人なら、体を張って止めるべきだと。

 ほんまかいな?

 私が当事者だったら忠告はしますが
体を張って止めることはしません。
もちろんやめるための助けを求められたら協力はします。
でもいい歳を超えた大人が自分で決めたことについて
周りは止められないでしょう。

 それが大人になるということです。
これは親子関係でもそうです。
成人を超えた子供の不祥事で親が何故止めなかったのか?
そんなの親離れ、子離れしていたら止められませんよね。
子供の人格はいつまでも親の責任なのでしょうか。

親離れ 子離れ

 親の顔が見てみたいと私は思いません。
いつも犯罪者の家族を引っ張り出そうとする世間やマスコミを
私は理解できません。
勿論、自分一人の力で大人になったなんて、
そんなおこがましい事は考えていません。

 親の影響というのは確かにあるのでしょう。
でも、成人になったら、遅くとも働き始めたら、
自分に足りないものを考え、補うものでしょう。
いつまでも親の不作為のせいにしていたら、
一体その人は何のためにこの世に生まれたんでしょうね?
親や周りの言う事を聞くために生まれたんでしょうか?
だから、大人が自分で決めてやったことは
良い事であれ、悪い事であれ、仕方がないと思っています。

 こんな私も若い時はお節介の一つや二つ、
正直言うと、首根っこ掴んで方向転換させようとしたことがありました。
しかし、私の正しさは私の正しさで、彼や彼女の正しさではないのです。
私の力不足だったのかもしれませんが、方向転換させようと思った人は
自分が行きたい方向に向かって行きました。

 当時は自分の力不足を嘆きましたが、
今となっては力不足で良かったって思います。
結局、家族がいても、恋人がいても、友達がいても、
最後は自分が決めるのです。

以来、私はあまり群れないようになりました。
それを孤独という人は
いつも一人の私を小馬鹿にしていました。

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