モラハラにならない「話し合い」の作法

さて、わたしがなぜここまで話し合いにこだわるのか。それには理由があります。以前付き合っていたモラハラ気質の恋人のときに話し合いを避けたことを、わたしは今でも後悔しているのです。

その恋人は、わたしの行動がいちいち気に食わないと感じる人でした。例えば人前で脱ぐ仕事のことだったり、男性編集者と打ち合わせがてらご飯を食べることだったり、同じ業界で働く元彼もいる飲み会に出席することだったり、彼の好きなアーティストと仕事で絡むことだったり、彼に相談しないで旅行する計画を立てたことだったり。

彼が不機嫌になる理由を紐解いてみると、嫉妬とやっかみ、わたしという人間を自分の所有物だと勘違いしていたことが原因だと思うのです。しかし、彼はそれを「俺のことを省みてくれないのがつらい」と愛情の話にすり替えるものだから、本当によく言い争いになっていました。

喧嘩の理由が理由なので、それを解決する手段といえば、わたしが彼の言うことを聞くしかありません。けれど、人前で脱ぐことくらいはやめても(本当はこれもやめる必要はなかった)、飲み会や打ち合わせで誰とご飯を食べようが、誰と一緒に仕事をしようが、それをやめる必要があるとは思えませんでした。

しかし、彼は「話し合いがしたい」という一見正当に見えるカードを切りつつ、実際はわたしを言いくるめるべく、説得を延々と行うのです。最初は冷静に諭しているふうであっても、それでわたしがうんと言わないと長い。「普通なら、飲み会くらい行けばいいって言うよ。でも、君は信頼できないんだから仕方がないだろ」とわたしに原因を押しつけてみたり、「俺の願いのひとつくらい叶えてくれないのか」と同情を誘ったりと、手を変え品を変え、自分の意向にわたしを従わせようとするのです。

もちろんわたしは、それに、ひとつひとつ反論をしていきます。が、なんせ自分のことを被害者だと考えている彼は、話し合いの最中に、怒鳴ったり泣き喚いたりのエモーショナルな行動をさし込んでくる。体格のいい男性に怒鳴ったり泣き喚いたりされると、恐怖を感じるのは当然のことです。

そうこうしているうちに、次第にわたしは彼との「話し合い」が面倒になってきました。だんだんと「話し合い」という名の糾弾を避けるために、彼の怒りそうなことは、あらかじめやらないように自粛するか、または彼にバレないように嘘をついてこっそりと行うように。こうなると信頼関係も愛情もあったものではありません。

そんな付き合い方はもうこりごりなので、わたしはこの彼と別れて以降、互いが納得するまできちんと話し合いたいと思うようになりました。しかし同時に、「話し合い」の目的が「相手を言いくるめること」になってしまうと、それは相手を支配しようとするモラハラになるということも、嫌というほど身に染みています。わたしが体格のいい恋人を恐れたように、夫は弁の立つわたしを恐れているところもあると思うのです。

わたしはフラットな家庭を作りたいし、喧嘩は話し合いで解決したい。脅したり泣き喚いたり怒鳴ったりして我を通したくもないし、そういう方法で我を通されたくもない。だから、円満な家族であるために必要なのは、喧嘩に強くなることではなく、上手に喧嘩して仲直りする方法を探っていくことではないかと思うのです。

Text/大泉りか

次回は<「性癖のSMと日常生活のふるまいは分けたほうがいい」と思った自称ドS事件>です。
飲み会などの場でサディストなのかマゾヒストなのか訊かれるのもうっとうしいですが、さらにうざいのが、「俺ってSMどっちだと思う?」という質問。輪をかけてうざったいのは「自称ドS」の人間ですが……。