セックスだけは取り戻したい

 というわけで、こだわりというものは強ければ強いほど、あればあるほどに生きづらさを生むものである。

 だからでしょうか。スピリチュアルに傾倒している一部の人々なんかは「手放す」という言葉を使って、捨ててしまうことを推奨しています。
けれども、わたしは実はあまり自分の「こだわり」を変えるつもりはない。なぜならば、そのこだわりこそが、自分の個性であるとも思っているからです。

 さて、前置きが長くなりましたが、産後二か月が経ちました。
ようやくのこと、少しずつ日常生活を取り戻しつつあります。

 もちろん産前とまったく同じ生活というのは無理ですが、それでも、こうして原稿を書いたり、ひとりでお風呂に浸かったり、たまにはビールを飲んだりと、自分のやりたいことをする時間と余裕が出てきて、ほっと安心したところです。逆に言うと、出産直後は原稿を書いたりひとりでお風呂に浸かったりビールを飲むことすら、到底叶いませんでした。

 今まで生きてきた中で、出来て当然だと思っていた仕事も習慣もストレス解消法も、そのすべてが取り上げられた状態で、ただひたすら小さい生き物に乳を吸わせ沐浴し抱っこ添い寝で一日が終わるのが出産直後の生活でした。

 そこまで日々が変わると、「今までこだわっていたものはなんだったんだろう」という気分にもなります。
そもそも居酒屋で飲むなんて、現時点では夢みたいなものですから、行けるのならば某民だってありがたいし、きっと今ならお通し代だって文句なく払います。
ひとつこだわりがポキッと折れると、「出産って自分を変えるチャンスかも」なんて気持ちすら湧いてきて、いっそのこと、この勢いに任せて「幼子とともに海外に移住でもしてやろうか」なんて、極端なこともチラッと頭に浮かんだのですが、それでも、やっぱりわたしが選んだのは、一刻も早く自分のこだわりの詰まった生活を取り戻すことでした。

 様々なこだわりの中で、わたしが絶対に取り戻したかったもの、絶対に手放したくないものといえば「セックス」です。

 というのも、生々しい話で恐縮ですが、妊娠前には当たり前のようにしていたセックス。それが産後はとても困難なものになってしまったのです。

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