物にメッセージを託す

というわけで、夫婦の間にロマンチックを取り戻す、ちょうどいい機会であったバレンタインというイベントをスルーしてしまったことに、猛省しているところなのですが、2月14日の当日、ロサンゼルスにいて日本とのギャップを感じたことがあります。

それは女性に贈るであろう花を持っている男性たちの姿を多く見かけたこと。
というのも、アメリカではバレンタインは主に男性から女性に何か贈り物を捧げる日だそうで、それは、花であることが多いそうな。
確かに、通りかかった花屋を覗いてみれば、赤い薔薇の花が、店頭で目立つように売られていて、スーパーで売られているチョコレートのパッケージは、ハートや赤やピンクを多用したバレンタイン仕様になっていたものの、それよりも幅を取っているのは、生花のコーナー。
やっぱり赤い花がメインです。その前日の土曜日にも、レストランなどでは、贈られたらしき、一輪の花を手にした女性の姿をあちこちで見かけて、なんともロマンチック。
今まで花を貰って嬉しかったことなんて、なかったのに、初めて「いいなぁ」って気持ちが沸いたんです。

独身時代、男性から一番プレゼントされて嬉しくないものといえば、なんとっても花でした。
というのも、そもそも花を愛でる嗜好が薄い。
ゆえに花瓶もなければ、部屋に飾るスペースもない。水遣りが面倒で苦手だし、そのうち茎が腐って臭くなると、もう最悪……ということに加えて、嫌な思い出があるせいもあります。

以前、お付き合いしていた男性が誕生日に花をプレゼントしてくれたことがありました。
その男性がわたしに花を渡す際に言ったのが「どうか、花を美しいと思えるような人になってください」というセリフ……ねぇ、どう思います?
これ、「優しく繊細で女らしい心の持ち主になって欲しい」ということだと思うのですが、なんで花を貰いながら、ディスられないといけないのか。
「俺にもっと優しくして欲しい」というのならば、はっきりとそう言えばいいだけで、花という一般的には美しいとされているものを引き合いに出すなんて、やり方が卑怯!(そうはいっても、よかれと思って花を買ってきてくれたわけだから、表面的にはありがたく微笑んで受け取りましたけどね)。

しかしながら、結婚して四年。
すっかりロマンチックから遠ざかると、そんな過去の思い出さえ懐かしい。
もしかして、今なら花束を貰ったら感激できる気もします。けど、時すでに遅し。わたしに花をくれる異性など、もういないという事実……人生はなかなか自分の思う通りにはいかないもののようです。

Text/大泉りか