
舘そらみと言います。ドラマや映画の脚本を書いています。
AMは私を、そして同じ時代に生きる多くの人をとっちらかしてくれたように思う。
高校生の時、私はこの世に子孫を残したくないと、雑談の中でふとそう言った。「この世界にこれ以上人間要らなくない?だから子供産みたくないかもなあ」……ドン引かれた。
その少し後、自分が複数の人と同時に付き合うことが合ってるような気がして(当時はポリアモリーという言葉も知らなかった)、男友達と「浮気前提の付き合いしてみよう」とやってみたことがあった。それを人に言った時、もう文章を書く仕事をしていた私は「ネタ作り?」と笑われた。ネタ作り、なんかじゃないのに。私なりに、必死なのに……。
そんなうちに、どんどん恋愛が分かんなくなった。愛される方法もわからなくなった。
恋愛や結婚に関する当たり前に乗れない自分は、欠陥者のような気がした。
迎合したい自分と迎合したくない自分と愛されたい自分がごちゃ混ぜで。
女として自信がないないないないない。愛される自信が、ないないないないない。
どうやったら、みんなが気軽に乗ってる(ように見えていた)当たり前の恋愛や結婚のレールに乗れますか?てか本当に乗らないといけないんですか?難しすぎませんか?
という時に、私は書き手としてAMに出会った。
「こんな人が好き」「こんな葛藤を持っている」と今まで誰にも言わなかった思いを書きながら、どんどん解放されていく。
そうして、街中で、女の子をナンパして夜通し飲みながら恋バナを語ってもらう連載を始めた。沢山の人に出会った。出会う全ての人が、おかしかった。出会うすべての人が。
東京の街角でナンパして朝まで飲んだある女の子は、「最近恋愛してない」と控えめに語りながら、実は最近最愛の彼を亡くしていた。
北関東の街角でナンパして色んな男とヤることこそが自分の価値だと話していたある女の子は、若さを失ったら人間として価値がないから海外に行って安楽死したいと言っていた。
みんな、「普通の子」とレッテルをはられるような子達の話。
みんな、実際にはとっちらかってる。
本当はみーんな色んなとっちらかりかたしてるのに、とっちらかってないフリをさせられてる。
そこを、解放してくれたのがAMだったと私は思う。
人と違う?だから何?
本当は何がしたい?本当は何が嫌だ?
くくるな、人間を。見せかけに騙される鈍感な人間になるなよ、って。
だから多くの人が、救われたように思う。
恋愛してるからって何?恋人がいないからって何?恋人がいるからって何?結婚してるからって何?それで分かった気になんな、型にハメんな人間を。AMは、そんなことをずっと叫んでいた。
例えば私の、ポリアモリー恋愛実験の結末は、流れで一回キスしたもののそのキスがどうにもお互いにしっくり来ず「キスもできない人間と付き合うってなんだろうね」と、恥ずかしいほどの固定観念に襲われて別れたし、結婚した時におめでとうととても言われたけれど、結婚の朝に婚姻届を握りしめてパートナーと話してたのは「明日離婚届出したくなったら出そうね」の約束だった。
全部全部全部、人間に関わることは説明なんてつかないんだ。
型になんてハメられないんだ。
そこを、最初に叫んでくれたAMは無くなってしまうけれど、そんな場所をみんなで守っていきたい。
それぞれの音楽を奏でようぜ。
うるさくてしょうがないやつ。
あんたは今、どんなうるせー音楽流してる?簡単には言えねーよな。
簡単になんて言えねーよ。言えねーんだよ。本当の心なんて。
簡単じゃねーぞ人間はって、そんなちゃんとダサい叫びやっていこうよ。ダサい人間やっていこうぜ。
この世に増えろ、ダサい人。
私は、AMが出身です。これからもそう言いながら沢山脚本を書いて、AMの魂受け継いでいきたい。
ダッセー人間が溢れる世界を、心から愛す。
ダッセー人間が溢れるダッセー場所を作ってくれて、心からありがとう。
Text/舘そらみ