彼に別れ話をしたら「薄情だ」と言われた。客観性があるのはどっち?

自分のことを客観的に見ているつもりではあっても、それが果たして<本当に客観性があるか>を自分で判断することは意外と難しい。そのことを初めて強く実感したのは、男友達三人に女はわたしひとりだけ、というシチュエーションで飲んでいるときのことでした。

その場の紅一点ということで、ちっとは気を遣い、自分がドリンクの追加注文をするタイミングで誰かの酒がなくなりそうであれば「何か飲む?」と声を掛けて一緒に注文したり、取り分けはしないまではしないけれども、運ばれてきたサラダをトングで混ぜ合わせたりと、必要最低限の気働きをしていたのですが、その飲み会の終わりに、男友達のひとりがこう言ったのです。

「いやー、男三人をはべらして、さすがだね。女王だわ」

えっ! 気を遣っている側だと思っていたのに、むしろ気を遣わせている側だった? 途端、目の前の景色の見え方がガラリと変わった気がしたと同時に「わたしって、ひょっとして自分のことがあまり見えていない?」と、不安に襲われたのでした。

以後「ある程度は自分を客観視できている」という自負を疑うようになり、より注意深く客観的であろう、という意識を持つようになったのですが、必ずしも相手側の視線が正しいわけでもない。

元カレに言われた「彼の客観的事実」

かつて付き合っていた男性に、別れ話をした際のことでした。「あなたは薄情だから、いつも、そうやって人間関係をばっさり切り捨てるんだよな」というのです。もちろん、以前は仲が良かったのに、今はなんとなく疎遠になってしまっている友達もいるし、いつの間にか連絡が取れなくなってしまった人だっているけれど、自分を客観的に振り返って、「人間関係をばっさり切り捨てる」とまでは、心当たりがない。

なので即座に「そんなことしてないよ」と反論すると、彼は「昔は仲よくしていた〇〇ちゃんや、旅行まで一緒に行っていた××ちゃんとも、全然会ったりしてないだろ」というような(彼側から見た)客観的事実を述べ始めた。