自分の感覚に蓋をせず、行動することでわたしの世界になる

承認欲求という言葉を、誰しも聞いたことがあると思う。10代の終わり頃から26歳ぐらいまで、わたしはその欲求がとても高かった。他人に認められたい! その一心から本当に努力をした。そのようすは一種、異様なほどだった。すごいね、よくそんなにできるね。と声をかけられたが、わたしにしてみたら、努力しないほうが不思議だった。
その理由こそ、「この世界はわたし以外の人・他者がつくっている」という思考だった。

他者は、わたしの行動や見た目から、わたしがどんな人間か判断する。そして、価値が高いと思えば大切に扱い、価値が低いと思えば粗雑に扱う。時には暴力さえふるう。しかしそれは仕方がない、なぜなら世界とはそういうものだからだ。そういう世界に生まれ落ちたわたしがせめてやれることは、他者に認められ、価値があると思われること。だから、努力をする。とんちんかんな自己満足の努力ではなく、絶対に他者が認めざるをえない、そういう努力をして、結果を出す!
そう考えていた。

それってなんか違うなと気がついた27歳の誕生日を過ぎてもなお、この思考はわたしの血肉に染み渡り、わたしを支配していた。……今もそうだ。ばかばかしいと思いながらもわたしはこの思考に縛られ、わたし自身の「この病院はおかしい」という感覚にふたをしている。

思うに、気づきと、気づいたことを実行に移すまでには、タイムラグがある。気づきがこれまでの価値観をくつがえすような重大なものであればあるほど、二の足を踏む。
だけど……いつまで足踏みしてるんだ? 
暗い窓にうつる自分に自問する。
今やっていることは、自分の中に、微笑みながら無視をするあの看護婦たちを住まわせ、わたしの感覚を———あの至極まっとうなおばあさんに彼女たちがしたように———何度も無力感を味あわせ、痛めつけるのと同じじゃないか! 
「気づきを実行に移すときが来たんだよ。」
わたしは窓の中の自分に告げた。
幼いころ窓辺で見た幽霊のように、はっきりと感じている自分の感覚。たとえ他人が見えなかったとしても、確かに存在しているわたしの感覚。それをないがしろするのはもうやめだ!

翌日、わたしは自主退院をした。わたし自身が感じ考え、判断した結果だった。後日行った近所の医院で何事もなさそうだという診断をされ、現在に至る。

退院してから、自分の内部がとても静かになった。それは「わたしは今、他者に認められているだろうか?」と考えることが無くなったからだ。だから「つかれたな」と思ったらたっぷり休憩を取るようになったし、「おもしろそう」と思ったから新しい趣味もはじめた。

人はいつ死んでしまうかわからない。災害によって思わぬ形で命を落とすこともある。また、人は自分の死に方も選べない。幾多の時代の荒波を乗り越え、生きているだけで奇跡のような年齢まで達したのに、その貴重な残りの日々を不本意な場所でむりやり過ごさせられることもある。
だからせめて、自分の意志で自分の体が動くうちは、自分自身に養分をやってやる。その養分というのは、他人が「これが効く」といって無理やり刺す点滴や栄養剤では決してない。
わたし自身がわたしの感覚にふたをせず、すなおに受け止めること。その感覚に従い、行動すること。そうしてはじめて、わたしという名の樹は花をつける。

夏の盛り、百日紅の花の下で確かに見た女の面影を、忘れないように、時々胸に思い描く。

Text/葭本未織

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