おひとりさまのゲームの規則

自分にとって都合の悪いやつをメンヘラよばわりするのをやめろ

メンタルに問題を抱えており、度々まわりに迷惑をかけてしまう人「メンヘラ」。でもこの言葉を使って、都合の悪いやつにラベルを貼って満足していませんか?

女性が物思いに耽る写真

 メンタルに少々問題を抱えており、そのせいで度々まわりに迷惑をかけてしまう人……という意味での「メンヘラ」という言葉を私が知ったのはここ数年ですが、昨今ではだいぶ一般に浸透してきましたよね。確かにある種の人間の特性を指す上で有効な言葉である、ということはいえるのかもしれません。しかしその意味するところを聞いてみると、実は人によってまちまちだったりもします。

 あなたのまわりにはそんな「メンヘラ」はいるでしょうか?

広義の「メンヘラ」は、ゼルダ・フィッツジェラルド?

 ところで、狭義の「メンヘラ」は、リストカット癖があるだとかオーバードーズをしてしまうだとか、そういう方を指すようです。しかし昨今使われることが多いのはこちらの狭義の語ではなく、広義の「メンヘラ」という語です。では広義の「メンヘラ」は、いったいどのような人間を指すのでしょうか。

 ここで例にあげたいのが、ゼルダ・フィッツジェラルドという女性。この人は『グレート・ギャツビー』などで知られる作家、スコット・フィッツジェラルドの奥さんです。

 ゼルダは贅沢な生活が大好きで、ベストセラー作家として有名になった夫のお金で豪奢なパーティーを開きまくり、ニューヨークで遊びほうけるんですが、徐々にお金も尽きてきて子供も産まれ、夫婦はフランスに移り住みます。だけど、小説の執筆に集中してしまう夫に退屈したのか、ゼルダはそこでフランス人士官と不倫してしまうんです。夫のお金を思う存分使い、夫の心をかき乱し、さらに耐え切れず自殺未遂や精神病院への入院まで……。私は彼女こそ、時を越えた広義の「メンヘラ」ではないかと思っているのですが、この認識は合ってますでしょうか。

「メンヘラ」という語が浸透し始めたのは日本においてここ数年ですが、「メンヘラ」と呼んでよさそうな人というのは昔からいたわけで、何も最近になって急に増たわけではないですよね。ではなぜ、ここ数年の間でこの言葉が生まれたのか。なぜ、彼ら・彼女らの存在が目立つようになったのか。この言葉は2ちゃんねるのネットスラングに端を発しているようですが、その誕生と浸透の背景にあるものを考察したら、けっこう面白いんじゃないかという気がします。

 しかし恥ずかしながら、本来だと「メンヘラ」について語る資格を、私は持っていないのです。なぜなら実際の日常生活において、私は「メンヘラ」と呼んでよさそうな方に、出会ったことがないから。私のもともとの交友関係がせまいなど要因としてはいろいろ考えられるのですが、おかげでつい最近まで、「メンヘラ」という存在は都市伝説か何かだと思ってたんですよ。まったくいないわけではないのだろうけど、「あの子はメンヘラだよ」と人から聞くのは私にとって「隣村のじいさまがキツネに化かされたよ」くらいのリアリティのない話で、その単語を聞くたびに意味がよくわからず首を傾げていたのです。

 そこを承知の上であえて踏み込むと、この言葉が広く使われるようになった背景として、私はやはりコミュニケーションを簡略化したいという現代人の欲が隠れているのではないかと考えます。感情の起伏の激しい彼ら・彼女らによって生活のペースがかき乱されたとき、「この子はメンヘラだから」というラベルを貼ると、消耗するエネルギーがだいぶ節約されることでしょう。こちらの身を護ることを考えれば確かに有効な手立てではあるのかもしれませんが、私はそれが同時に弊害を生んでいる可能性というのも考えてしまいます。

 あなたは、普通のキツネの影を妖怪と間違えていたりすることはありませんか?それがキツネではなくタヌキだったり、ハクビシンだったりする可能性はありませんか?広義の「メンヘラ」という言葉は便利なので、自分にとって都合の悪いやつにラベルを貼って満足してたりする人が、なかにいるんじゃないかと私は疑ってしまうのです。

 同様に、「おひとりさま」だとか「独身貴族」だとか「こじらせ女子」だとか、人にラベルをつけるような言葉って本当にたくさんあります。それらはキャッチーでわかりやすく、ときに人間関係を円滑に進める効能もあったりするんでしょうけど、ラベルを使って自分のことを説明するとき、あるいはは他人のことを説明するとき、ある部分にのみ焦点を当ててそれ以外は捨ててしまうような捉え方をしないように注意したほうがいいと思うんですよね。