今は独身もいいけど40代になると寂しいよ。未来のことで脅されたら読みたい本

この連載でも何回か触れている、「独身でも30代までは楽しいけど、40代になると本当に寂しいよ。結婚しとけばよかったって後悔するよ」と他人に口出しされる問題。先日、「独身でも40代までは楽しいけど、50代になると本当に寂しいよ」「独身でも50代までは体が動くからいいけど、70代になると」という投稿を同時にXで見つけてしまい、いい加減にしないか!と、ちょっと笑ってしまった。そろそろこの手のやつは「今はいいけどこの先は商法」とでも名付けてしまおうかと思うが、確かに、脅しとしてこの商法が有効なのは理解できる。未来のことがわからない以上言われたほうは反論できないし、とりあえずこの商法で迫っておけば、誰しもの心にちょっとだけ不安を植え付けられるからだ。

まったく別次元だけど、海外旅行にもちょっとだけ似ているところがあると思う。日本で不穏なニュースが流れると「そんなところに行ったら危ないんじゃないか」と不安になる人が少なくないみたいだが、現地に行ってみると案外みんな普通に暮らしている、というパターンに私は何回か遭遇している。イスラエルやパレスチナが(私が訪れた2016年の時点では)そうだったし、今年行ったバルト三国もすぐ隣がロシアとウクライナだった。もちろん外務省の情報は無視しないほうがいいけれど、基本的に人間は「今目の前で起きている問題について対処する。未来のことは考えすぎない」で、いいんじゃないかなと私は思う。

さて、そんな私が最近読んだ本は高野秀行さんの『イラク水滸伝』。タイトルの通り、辺境作家の高野さんがこの本で訪れているのはイラク。IS、テロ、アルカイダ……と連想する言葉すべてが禍々しくなってしまう、あのイラクだ。

アナーキーな湿地帯で舟を作って旅をする!

高野秀行さんは本書で、イラクの湿地帯・アフワールを訪れる。砂漠と土埃のイメージしかないアラブ世界に湿地帯があることにまず驚いてしまうが、このアフワールが、中国四大奇書の1つである『水滸伝』の世界に似ていることから本書のタイトルはつけられている。普通の人や官憲が近づけない湿地帯に、アナーキーな豪傑たちが次々に集まり活劇を繰り広げる『水滸伝』。世界史上には、このようなアナーキーな湿地帯がいくつか実在している(していた)という。20を優に超える部族が群雄割拠しているらしいこのアフワールに赴き、現地で舟大工を探し、舟で旅をすることを高野さんは思いつくのだ。

しかし、湿地帯の旅はなかなかスムーズにはいかない。コネクションを持っている人がなかなか見つからなかったり、情勢が不安定になってしまったり、もしくは2020年の新型コロナウィルスのパンデミックで、入国自体が困難になってしまったり……と、たどり着くまでにかなり苦労している。また、湿地帯は「ここからここまで」のようなラインを引くのが難しい。雨が降って湿地帯になるエリアが、乾燥する時期は荒地のようになっているなど、その姿が一定ではないからだ。そして湿地帯に住む人々は「マアダン」と呼ばれ、現地で「教育水準が低くてトラブルを起こす」などと言われ差別されていること、親族間で女性を交換し結婚する「ゲッサ・ブ・ゲッサ」という習慣があることなどがわかってくる。この「ゲッサ・ブ・ゲッサ」による結婚はかなり男性中心的なので現代社会に生きる身からすると受け入れ難いけれど、とにかく、世界にはいまだそうした習慣を手放していない人たちがいるということを知っていて損はないと思う。