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  • 2012.09.27

認知科学者・苫米地英人さんが語る「ブスとは…」

今回はブス格言・特別編として、認知科学者の苫米地さんにインタビューさせていただきました。

自己評価が低い人がブス。
ブスをやめたきゃとにかく自己評価をあげればいいだけ。

苫米地英人 ブス 格言 名言 インタビュー

編集部:ブスとはどんな人なのでしょうか?

苫米地:ブスとは、コーチングの用語で言うとエフィカシーの低い人ね。

編集部:エフィカシーとはどういう意味でしょうか?

苫米地:エフィカシーっていうのは自己の能力の自己評価のこと。簡単にいうと自己評価だね。
エフィカシーが低い=自己評価が低い人です。
だから、もちろん男だってブスはいるわけ。で、エフィカシーが低いっていうことをブスという風に理解していいです。

編集部:エフィカシーを、自分で高めるためにはどうしたらいいですか?

苫米地:ブスじゃなくなればいい(笑)。

編集部:ブスでなくなる方法はありますか?

苫米地:うん簡単。それは、ゴールの設定からね。ゴールのない人が、ブス。ゴールとは目標ってこと。それは高ければ高いほどいい。
そもそも自己能力とは何の能力かっていうと、それはゴールを達成する能力です。だから、ゴールがないと意味がない。ゴールがないのにブスも何もあったものではない。
自分の人生のゴールをまず設定して、私の人生のゴールまで行きつく能力が高いわ、と思う人が美人です。

編集部:自己能力をあげるにはどうすればいいのでしょうか?

苫米地:これも簡単。自己評価を上げればいいだけ。
自分の能力を上げるんじゃないんだよ、能力の自己評価を上げればいい。今どうかじゃないんだよ、未来にどうなりますかということ。
だから、学校の成績が30点の人でも、能力が自分で高いと思えれば、充分だ。
今は自分らしくないから30点なんだ、本来の自分はそうじゃないと思えばいい。そういう人はブスじゃない。自己評価は誰でもすぐに上げられる。この答えは本当に簡単です。上げればいいだけ。

そもそも、評価とは、客観的な何らかの基準があって、それに比べて上か下かと思っている人が多い。
たとえば、ブスだったら、こういう容姿は正しいとか、ここからブスです、とか。それは完璧間違い。ひとつの基準はないんです


それは1987年に、数学では証明済み。不完全性定理っていうのね。
1932年にゲーデルっていう人が発表して、1987年にこの世の知識すべてに対して、証明が終わりました。これは、簡単に言うと完全なシステムはないっていうこと。
どんなシステムにも必ず、矛盾が内包される。ひとつの正しい基準は絶対にありませんということです。それが、ようやく20世紀の終わりに証明された。

だから、20世紀以前の人たちがそう思っていたらしょうがないけど、今の人たちは1987年以降の人たちがほとんどでしょ。それ以降の人たちは、この世にひとつの基準はないってとこから始まってる。
ということは基準さえ存在しないということ。他人がどう思っているとかまったく関係が無い。自分がブスじゃないと思えばブスじゃない。自分がブスだと思った人はブス。

自分の自己評価を守るために悪口を言うブスになってませんか。
そして社会にとってブスはものすごく迷惑な存在なのです。

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苫米地:で、ブスはほかの人がブスではないと嫌なのね。それはなぜかというと自己能力の自己評価が低いから。
ほかの人の自己評価が高いと、居心地が悪いのね。
それをコンフォートゾーンってコーチングの用語ではいうのね。
コンフォートゾーンっていうのは、自分と同じ自己評価のたちと一緒にいると心地よいというもの。だめな人はだめな人で集まるわけね。

自己能力の自己評価が高い人は、高い人で集まっている。だから、ブスは悪口とか言うんだよ。
テレビで、タレントが結婚したりすると、会ったことないタレントに、あの人あんななのによく結婚できたわね、とかいう人がブスです。

それは、人の悪口をいうことによって、自分のレベルまで相手を引きずりおろすためです
実際には会ったこともないテレビの向こう側の人なんか引きずりおろされてないけど、そういうことすることで、そういう気分になるから、自分のコンフォートゾーンは維持されたように感じる
だれかがレベルが高くなると自分の居心地が悪くなるのね。
これが自己評価の低い人がやることね。

自己評価の高い人はすでに自己評価が高いから、ほかの人が成功すると、よかったねって。
自分のように喜べる
。 自分以外が成功するとねたんだり、ひがんだりするような人は2ちゃんねるとか行くといっぱい見れるよ。

編集部:わが身を振り返るとそうかもしれません。

苫米地: ツイッターにも最近増えてるよ。そういう人たちが自己評価の低い人。
それをブスっていう。そういう人は社会に迷惑。近代的な社会はそういう人たちの影響が大きくなるから

なんでかというと、自己評価の低い人がグループにひとりでもいると、全体の生産性が下がる。特に、近代的な職業はすべてそう。
典型的にいうと、ソフトウェア産業がそうで、たとえば今のOSだったら、コードが400万行くらいあるのね、行数でね。400万行を数えるだけで、半端な量じゃないでしょ。
その中に、たった一文字の間違いがあっただけで、400万行全部がアウト。そういうことでしょ。
400万行を何千人かで作るじゃない、最低でも何十人で作るわけでしょ。その中にひとりでもだめなやつがいたら全員アウトです。

編集部:みんなの努力が水の泡ですね…

苫米地: うん。昔の職業はそうじゃなくて、ひとりだめでも、そこだけたまたまだめだったりとか、平均がよければなんとかなったりしていた。
でも今の近代的な職業は、ひとりあたりの責任が大きいのね。情報空間に移動してるから。そりゃそうだよね。webサイトで、一生懸命作って、見てみたら、なぜかページが表示されなかったらアウトでしょ。
そういう致命的なものが、表に出るものと出ないものがあるだけで、やっぱりすべてのものは、ひとりあたりの責任が大きくなってきているんだよ。社会そのものの構造がそういう風に変わってきてる。だから、ブスは社会に迷惑なんだよ。

あと、誰かばかなこといっただけで、ツイッター何なりで広がったりするじゃない。たとえばアホな政治家が一言いうと、日本が危機に陥る。それは迷惑。だから、ブスは迷惑。

鏡を見て、世界で一番美人はだあれ?と聞くからいけない。
どんな美人も100年たてば灰になる。

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編集部: それでもどうしても、外見の美醜が気になってしまう人はどうしたらいいでしょうか。

苫米地:外見に関しては、何がブスで何が美人とかないんだから。
今時テレビにでてるやつは俺にとっては全部ブスに見えるぞ(笑)。
なぜかというと、年代が違うから。俺の時代のブスと全然違うよ。
ほとんどテレビ見ないからさ、毎日見てる人は徐々になれちゃってるから。俺みたいに見ていないと、なんでこんなブスがテレビ出てるんだろうって。

編集部:(笑)

苫米地: だけど、平安時代の美人はみんなブスに見られるでしょ。
それだから、時代で変わるし、今の自分がブスだと思っている人はお前が悪い、それで終わりじゃん。
私は未来の美人よ、で終わりじゃん。外見にもひとつの基準はないんです

どっちにしても、外見はすぐ見慣れるから美人でもブスでも関係ない。
最初のうちだけだよ。あの子が美人でいいとか、ブスでいいとか。
それが夫婦になったら関係ないでしょ。彼氏彼女になったら関係ないでしょ。
大体顔見てないし、お互い。
どういう風に自分が評価するかってこと。自己評価が大切。
だから、鏡みて、私は美人だなって思えばいいんです。

編集部: そうすれば美人の友人がいたとしても自分をブスだと感じなくなるのですか?

苫米地: 他人と比べるからよくない。鏡を見て、世界で一番美人はだあれ?と聞くからいけない。聞く必要ない、「私だ」でいいわけ
見た目は人によって好み違うし。ヘアメイクとか仕事でよく会うけど、画家みたいだぜ。キャンバスに絵描いているみたい。
プロのヘアメイクに頼めば、誰だってああいう人たちになれるよ。 テレビで会う人にたまにすっぴんで会うと、誰だかわかんない。

編集部:外見でも補填できる部分があるのですね。

苫米地: 外見は化粧すればおわり。
まず、外見でブスか否かということにいっていることが大間違いで、問題は本質的であるかどうかでしょ

編集部:そうですね。

苫米地: 外見は見慣れてしまうから、どうせ関係ない…。どんな美人だって、100年たったら、灰だぜ。
仏教では、女の子みたら、坊さんは、その人が年老いていって最後にはガイコツになって、うじに食われていく姿を思い浮かべなさい、っていうのね。それは煩悩を消すためね。
これは坊さんじゃなくても、みんなやればいいこと。最後は火葬場で焼かれていく姿を思い浮かべればいい。ほんの数十年後だよ。その前に70、80になったらみんなおんなじ。
だから、何の関係もないって。

自己評価は一度下げちゃうと、ほかの人がどんどんねたましく思える。一度おちてしまうと、抜けられないスパイラルにはまっていく。それは“最悪のブス”だね

編集部:それに気づいて、自己評価さえあげればいいのですね。

二度とやってこない過去と未来には何の関係もない。
つまり、昔ブスでも今美人と思えば問題はすべて解決!?

編集部: 失敗して、自分に自信が持てないときはどうすればいいでしょうか?

苫米地:うん、持てばいい(笑)。持たない、ってことがブスの典型。
持てばいいんだから。自信持たないってことは、自分に能力がないってことをいっているんでしょ。
私にはこのコーヒーカップが持てない、私にはその能力がないってことをいっているんでしょ。

編集部:持てばいいだけなんですね。

苫米地: 持てばいいのよ。あるんだから。
それを自己評価っていう。他人の評価じゃないから。


編集部:それは自分の過去の実績とかなにも関係ないんですか?

苫米地: 過去、関係ないから。過去は二度とこない。
時間は未来から過去へと流れていくっていつも言っているのだけど、この話を聞いたことを一時間後に思い出したら、その時は過去になっているわけでしょ。
現在は時間が流れると過去になる。未来は時間が流れて現在になる。
現在は時間が流れて過去になる。時間は未来から過去に流れている。
てことは、過去は二度とやってこない。 当たり前じゃない。だから関係ねぇ、ってことだ。

編集部:本当にどんな過去があっても関係ないのですね…?

苫米地: まったく関係ない。ゼロ。
よく、昔からいう話で、川にぷかぷかって赤いボールが流れてきました。その赤いボールを誰か拾いました。そうすると青いボールがプカプカ流れてきました。
よかった、さっき赤いボールを拾ったから青いボールが流れてきた、っていう人がよくいるんだよ。そういうのバカ、っていうんだよね。

赤拾おうが青拾おうが、川上のひとが赤投げるか青投げるかで決まるんで。だから、自分が今何拾ったかは関係ない。それが未来と現在

今日、こういうことをして、私はこの大学に入ったからこの会社に入ったから……だからなんですかと。

未来に何が起きるかで、今何が起きるかということがあるから、過去に何したかは、一切関係ない。時間は未来から過去に流れる。すべて未来の因果が現在を作る。
過去の因果は過去に流れていくだけで、なんの関係もない


だから、過去にブスと思っている人は、今、私は美人だと思えばいい
そういうのは将来の能力。私には将来、このようなゴールを達成して幸せになっちゃう人なんだ。だから私は美人なのよ、って。


苫米地英人
認知科学者(計算言語学・認知心理学・機能脳科学・離散数理科学・分析哲学)。ドクター苫米地ワークス・コグニティブリサーチラボ・TPIジャパン・苫米地インスティチュート・一般財団法人BWFジャパン各代表、角川春樹事務所顧問、 南開大学(中国)客座教授、カーネギーメロン大学CyLab兼任フェロー。
苫米地英人公式サイト
ツイッター:@DrTomabechi

 苫米地さんに「脱!ブス」をテーマに自己評価、自分に自信を持つ方法など、貴重なお話をお聞かせいただきました。
お話を参考にいまこの瞬間から自己評価をあげれば、すぐに脱!ブスできるかも!?

【続く】
次回も引き続き、苫米地さんのインタビューをお届けします。

Text/AM編集部

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