なぜ日本人はキスをするようになったのか?「接吻」を紐解く/春画―ル

どうしてこんなに多いの?接吻の隠語

春画 勝川春潮《好色図会十二候(こうしょくずえじゅうにそうろう)》

「口吸い」「口寄せ」「北山」「口中を契る」「口と口」「舌の曲」「口々」「九九」「呂」「口印」「手付」「おさしみ」「鳴吸」……これらは全て、いわゆる「接吻」のことである。

日本で接吻を行うことの意味を考えるために辞書を引いたのだが、まず接吻を意味する語がかなり多いことに驚いた。「好色艶語辞典」の著者である笹間良彦氏は書籍の冒頭で、「だいたい言語には(省略)精神的感情を表現しようとして効果からの期待と想像等から次々と新語が生まれ、(省略)莫大な数となる。それだけに人類は性に関して関心が深いのであり、(省略)常に生は性と隣り会わせに、さまざまな歴史を重ねて来た。」と述べている。

「接吻」という似た行為であれど、する場面やそこで発生する感情は様々であり、それを伝えるために様々な語を使用して相手に気持ちを表現してきたのだ。

なぜ接吻をするのか

春画 杉村治兵衛《欠題組物(けつだいくみもの)》

人類が接吻をする理由については所説あり、西洋では「幼年時代の心地よさを蘇らせるため」や、乳を吸うような初めて経験する安心感や愛情であることから「乳房喪失のあらわれ」ではないかという説がある(シェリル・カーシェンバウム著『なぜ人はキスをするのか?』より)。

尊敬や儀礼的表現として相手の頬に“挨拶としてのキス”を行わない日本で生活するわたしたちでさえも、「愛情表現」や「安心感」を目的にキスをしているだろう。我が子の頬に行うこともあれば、パートナーにする「いってらっしゃいのキス」まで様々である。

では、性的な欲求としてのキスはどうだろうか。日本のキスの歴史を調べると、性的な意味を大きく持っていたように見受けられる。では、江戸期のキスは「どのタイミング」で「どのような形」で行われていたのか、江戸期の春画や性典物を通して探ってみよう。

春画での口吸い

春画 喜多川歌麿《願ひの糸口(ねがひのいとぐち)》

冒頭で紹介した「接吻」の隠語のほとんどは、唇と唇ではなく「舌を吸う」ことを意味している。性愛での接吻と言えば、「舌を吸う」ことであったのだ。そしてこの接吻という行為自体は江戸期よりも前、平安時代の『今昔物語』や室町時代の『御伽草子』にも接吻の描写が存在する。

江戸期の春画では頻繁に口を吸うシーンが描かれており、それらは片方が舌を出し、片方がその舌を吸う方法だ。上図の喜多川歌麿の《願ひの糸口》は遊女の部屋で若い客と若い遊女の交わりが描かれてる。客は「また口を吸ったら倅(せがれ。男根のこと)が元気になってきた」と言い、口吸いで再びスイッチが入ってしまったことを想起させる。

春画 鈴木春信《風流艶色真似ゑもん(ふうりゅうえんしょくまねえもん)》

もう一枚紹介しよう。この絵の季節は夏。となりの蚊帳の中では若夫婦が交わっている。それを見た老爺もその気になり、老妻に「ばゝ゛、口を吸わせてくれ。あれあれ、あの音を聞いてみてくれ」と言い、口を吸おうとしている。お茶をたてていた老妻はあきれた様子だが「この人としたことが、いやはや」と言いながらも舌を出そうとしている。長年連れ添っている夫婦の微笑ましい場面である。

性典物での口吸い

春画 月岡雪鼎《婚礼秘事袋(こんれいひじぶくろ)》

性の指南書でも口吸いについて書いているものがある。上図が掲載されている《婚礼秘事袋》は婿の初夜の心得や婚礼式などについて笑いを交えて書かれている書物なのだが、この本に「口とりの図」として接吻の方法が書かれている。

上の唇を伸ばして上の歯を上の唇につけて相手の舌を自分の舌で巻き、歯が触らないように吸うべし。歯茎の舐め方も同様。

かなり難易度が高すぎる接吻だ。この書物自体が笑いを交えた本なので、敢えて面白く書いたのかもしれないが、上の唇を伸ばして舌を巻きつけ吸うと、お互いに変な顔になりそうで私は絶対相手に顔を見られたくない。