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  • 2016.08.11

寂しさを「埋める」のは簡単なのに「満たす」のはなぜ難しいのか

昔と比べて寂しさを紛らわしたり、埋めたりする手段は増えた現代。でも、「満たす」方法はちっとも増えていません。何度でも、予告なく襲い掛かってくる寂しさをやがて過ぎ去るものとは分かりつつも耐えるのは至難の業というもの。そんなとき、少しだけ楽になれる考え方を、トイアンナさんが教えてくれました。

インスタントな手段では寂しさを「埋める」ことしかできない

 寂しい夜。ふと家電の音が優しく感じられたりしませんか?

 しんと光る台所にふとんを敷いた。ライナスのように毛布にくるまって眠る。冷蔵庫のぶーんという音が、私を孤独な思考から守った。

トイアンナ 承認欲求 モラハラ
©mislav-m


 ああ、わかる……と思った方、いるんじゃないでしょうか。文章は吉本ばなな『キッチン』からの引用です。1987年、つまりアラサーの我々が生まれたころに誕生したこの本が妙に沁みるのは、私も年を取ったからでしょう。

 1987年の寂しい夜には、紛らわす手段もありませんでした。固定電話で家族に迷惑をかけるわけにもいかず、それこそ冷蔵庫の音に耳をすませるくらいしか処方箋もなく。

 それから約30年。寂しい夜のお供は格段に増えました。TwitterやLINEに、没頭できる乙女ゲーム。時には女性向けのアダルトビデオまで、寂しさを「埋める」ものは増える一方。

 それなのになぜ、寂しさを「満たす」のはこんなに難しいのでしょうか。

寂しさは嵐のように襲ってくる

 寂しさは少しずつ溜まるもではなく、嵐のようにどっと襲い掛かってくる感情です。一度寂しさがやってくると、自分ではどうしようもなく感情に翻弄されます。しかし、大抵の嵐は30分以内に過ぎ去ります。嘘だと思うなら、1度ストップウォッチ機能で計測してみてください。

 パニックを起こして寂しさを埋めようとせず、じっと堪えていれば収まるのが寂しさの正体。それこそ吉本ばななの『キッチン』に出てくるように、冷蔵庫の音を聞いて堪えるのは正しい対処法だったのです。

 でも、予告なく襲い掛かってくる承認欲求をいなすのも簡単ではありません。たとえ30分で過ぎ去るにしても、1人で堪えるにはあまりにも怖い、強すぎる感情だからです。

 ではなぜ、こんな風に寂しさは襲い掛かってくるのでしょうか? それは「昔の自分が感じていた寂しさが、フラッシュバックしているから」かもしれません。

寂しさは「今まで頑張った」自分の姿

 精神医学の分野では承認されたい、愛されたいという気持ちがわっと襲い掛かってくる理由に「小さい頃の承認不足」を挙げています。もしあなたが寂しさの嵐と戦っているなら「もう大丈夫だよ、私がついてるよ」と自分へ声をかけてみてください。少しだけでも楽になれそうでしょうか。

 小さい頃を思い出してみてください。親や先生から「もっと愛されたかった!」という経験はありませんか? もしあなたが当てはまるなら、寂しさの嵐は当時のつらさが蘇っているのかもしれません。習い事のお迎えに来てもらえなかった、保育園でいつもさみしい思いをしていた……。今思えばささいに思える寂しさも、子供にとっては大きなもの。寂しさに襲われる感覚は、当時の自分がときどき顔を出しているのかもしれません。

 いま寂しさと戦うあなたは、小さいころの寂しさを生き延びた立派な人でもあります。もし次に寂しさの嵐が来たら、あの時くじけずに頑張った自分を褒めてください。「あの時頑張ったから、自分がここにいるんだ。寂しいと思う必要はないんだ。私には、私がついてあげてるんだから」と声に出してみましょう。

 ネットで寂しさを埋めてもらおうとするより、寂しさを満たす力が見つかるはずです。これまで寂しい思いをしてきたからといって、自分まで自分を見捨てる必要は無いのです。寂しさに寄り添って世界で一番の味方になってあげられるのは、あなた自身なのですから。

参考文献
岡田 尊司『愛着障害~子ども時代を引きずる人々~』

次回は「承認欲求を満たしたいならinstagramとsnapchatを使うべき理由」をお伝えします。


Text/トイアンナ