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  • 2015.12.09

東京カレンダーの綾が「無知の価値」をなくした時やるべきだったこと(2)/紫原明子

東京に住む女性たちをエリアごとに分類した「東京女子図鑑」に登場する綾。彼女の一挙一動から、目が離せなくなってしまった柴原明子が、綾の人生についてひも解きます。

 東京カレンダー内の連載で、大ヒットした東京に住む女性たちをエリアごとに分析した「東京女子図鑑」の綾。次々と住む場所を変えていく綾を、あなたはどう読みましたか?
紫原明子さんに、綾をひも解いていただきました!

 第1回【40歳になった東カレ・綾はなぜあんなにも不幸面していたのか】はこちら

そもそも綾は不幸だったのか?

柴原朋子 東京女子図鑑 綾 AM
Naud/s

 40歳になったとき、綾は再び三茶に住んでいた。
婚活サイトで知り合って結婚した夫は、別居している間に20代の後輩女子を妊娠させ、離婚直後に新しい家族を作ったという。不仲の一因が子供ができないことにあったというから、この点、確かに綾はちょっとつらい。

 一方で、仕事は引き続き絶好調だ。PR講座の講師を務めたり、働く女性のロールモデルとして雑誌に登場したりしているらしい。年収は700万以上あるようだし、一人生きていくには十分すぎる稼ぎだ。だからって「私の人生仕事だけ…?」なんて気に病む必要はない。
何しろ綾には今、「お付き合いしている人」がいるのだ。カラオケで「ずっと好きだったんだぜ」を歌った後にずっと好きだったと告白してくる、三茶住まいの古い友人だそうで。一連の流れはとんだ茶番である、三茶だけに。

 まあそんなことはどうでもよくって、離婚はしたもののキャリアも順調に積み上げ、生活の不安はまるでない上に恋愛も順調。41歳なら、まだ子供だって望めるだろう。人の幸・不幸を他人が定義することはできないけれど、今回ばかりは多めに見ていただくとして。綾があそこまで不幸になる要素、まるでないじゃん!と思うのだ。

 ……綾の謎の不幸、その理由の一つとして考えられるのは、媒体のカラーである。おそらく東京カレンダーの読者は、東京カレンダーで紹介されるような、美味しく、かつちょっとエロい店に、まだそんなに世間を知らない若い子を連れて行って喜ばれたい。あわよくばセックスもしたい、そんなアラフォー男性。
女性なんて20代、30代のうちにちやほやされて、ただでたくさんいい思いしてるんだから、アラフォーあたりで割を食って不幸になってほしい、そんな読者の無意識の心の闇に、歩み寄った可能性がある。
一流を知った顔でふかしてた綾が40代で不幸になることで、どこかスカッとした男性もいるんじゃないだろうか。

 とはいえ、私は人の美しい心を信じている。美味しい店を紹介する人が、女性に呪いをかけるようなことは決してしないだろうと、信じている!だから、自分で言っておいて何だけど、きっとこれは邪推だろうと思う。

 となると、綾が不幸になった理由として残されるものはただ一つ。書き手が、あるいは企画した人(いるとすれば)が、女の価値を「いくつもらえるか」で測る方法しか、知らなかったということだ。

「多くを与えられる女がいい女」なのか

 ちょっと前に見た、とある男性誌の特集を飾るキャッチコピー「女の価値は、男に失わせたものの数で決まる」はなかなか印象的だった。魅力的な女性は、とめどなく男性に貢がせる。だからこそ、いつか全てを手放させてしまう。ファムファタルと悪女は紙一重、まあそんなことを言いたいんだろうと思う。

 実際、若い女性は、主に年上の男性から、たくさんのサポートを受ける。美味しいご飯をご馳走になったり、職場でのうまい振る舞い方を教えてもらったり。これは何も、美女や悪女に限ったことではなくて、私が既婚・30歳・二児の母という当時のステイタスで初めて社会人となったときだって、社会のルールを教えてくれたのは専ら、年上の男の人だった。

 あまりによくしてもらったときには、何かこれには下心が……?なんて図々しく疑ったりもしたけれど、実際必ずしもそうじゃないのだ。下心なんてオプションみたいなもので、多くのおじさんは社会経験の浅い年下の女子を支援して、喜ばせるのが、純粋に好きなのだ。さらに言えば、女性はそのことを無意識に知っている。だからこそ、多くの女性誌ではこれまで散々「愛される」「大切にされる」「奢られる」、たくさんもらい受けるための方法が説かれてきた。

「価値ある無知」は底をつく

 普通、何かをもらったら何かをお返しするのがマナーだけれど、若い女性は無知であることそのものに価値があり、知らない世界を垣間見て驚いたり、施しを、にっこり笑って喜んだりするのがお返しとして機能する。

 仮に、すでに無知ではなくても、中には「全然知らない」って顔で、毎度毎度、新鮮なリアクションが取れる大女優だっている。無知という価値を最大化すれば、より多くを与えられるからだ。最近ツイッターでも散見されるキラキラアカウントのように、同世代の男の子がまるで知らない高級店の味を当然のように知っていたり、偉い人をいい気分にするテクニックを数多く身につけている女の子たちだ。

 一方で、糸の切れた凧みたいな生き方をしていない限り、私たちは少なからず人との縁、コミュニティとの縁をつないで生きている。長く生きれば生きるほど、辿ってきた生き方は誤魔化しが効かないものになる。いくら無知を装っても、あの環境にいながらこれを知らないのにはちょっと無理があるな、ってことになる。身につけているもの、発する言葉、そして生きた年数で、「こんなことも知らなくて可愛い」は、「こんなことも知らないのはちょっと…」に遅かれ早かれ、なる。

 つまり、女の「価値ある無知」は、無限に存在し続けない。使えばなくなる、限りある資産なのだ。

 40歳になった綾は、「一流」の教えを貪欲に吸収し続けてきた結果、もうかなり知り尽くしてしまった。「無知」と、無知が価値を持つ「若さ」を、失っていた。

 知っちゃった女にはそれ以上与えられないし、だから年齢を重ねた女は、綾が主張するように不幸になるしかないのか? そんなことはない。そんな風に考えるのはひとえに東京カレンダーの傲慢だ。
無知という資産を使い切るまでの間に、与えられた知識や経験をきちんと糧にしながら、最終的には自分の力で持続可能な土台を築いている女性は、年長者になればむしろ、人から与えられることにばかり固執せず、より楽に生きていけるようになるのだ。

知ってしまった女のそれからの生き方

 先日亡くなったタレントの故・川島なお美さんは、生前、次のように語っていたそうだ。

「私が年をとっても若いころと同じようにパーティの主役でいられるのはどうしてだと思う? ワインの資格をとったからよ」

 若い頃は当然、ワインの知識なんて下手にないほうがちやほやされるし、むしろ年上の男性のワインうんちくを根気強く聞く能力のほうが重要である。ところが、若い時期が過ぎ去って、無知が武器として通用しなくなると、川島さんは田崎真也のワインスクールに10年通って豊富なワインの知識を身につけ、ワインエキスパートの資格を取得。価値ある情報を周囲の人に「与える」側に回ったのだ。その結果、年を取っても主役でいられると語る。
美人で、聡明で、人一倍与えられ続けてきただろうに、いざとなったらそこに固執しない彼女の潔さ、なんてかっこいい、と思った。

与えられるもので生きていくのは不自由

 もらったもので生きていれば得だし楽、私たちはそんな風に思いがちだ。けれどもその実、受身でいるというのは大事なところを他人に委ねているということなのだ。相手がやめれば供給は止まる。自分でコントロールできないことに生活と、自分の価値をかけるのには、あまりにもリスクがある。

 だからこそ、やっぱり与えられるだけのお子さまは、いつか卒業しなきゃいけないのだ。そりゃもらったら嬉しいけど、与えられなくても基本的には生きていける。むしろ必要なときには喜んで与える側の人間にもなれる、そんな年長者にならなきゃいけない。

 事実、私の周りの30代半ばの女性たちは、賢い人ほど意識的に始めている。自分がかつて年上の男性にしてもらったように、後輩に高級な食事を体験させてあげたり、仕事やプライベートでの人脈を広げてあげたり。
そうすることで彼女たちは、ただ与えられるだけの時代を卒業し、人を喜ばせる、育てる、豊かにする自分としての、新しい価値を手にしようとしているのだ。何しろ与える喜びは、与えられて喜びを得るより自分でコントロールしやすい。情けは人のためならずと言うけれど、与えて、喜ばれることは、ときに人から与えられる以上に、自分を潤してくれる。

 40歳になった綾は、それまで積み上げた経験によって、本来、立派に与えることのできる女性になっていたはずなのである。なのにあんな風に不幸で終わった、その背景には、……やっぱり少し書き手の悪意を感じるけれども邪推を続けても仕方がないのでまあそれは抜きにして、綾はどこかのタイミングで、受身を卒業しなければならなかった。それが正しいからとか、仕方なしにとかでなく、年齢とともに自分を、より自由にしていくために、そうすべきだったのだろうと思うのだ。

Text/紫原明子

【紫原明子 プロフィール】
 エッセイスト
1982年福岡県生。2児を育てるシングルマザー。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。『家族無計画』『りこんのこども』(「cakes」Webマガジン)、『世界は一人の女を受け止められる』(「SOLO」Webマガジン)を好評連載中。

ライタープロフィール

紫原明子
2児を育てるシングルマザー。『家族無計画』『りこんのこども』『世界は一人の女を受け止められる』を好評連載中。

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