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  • 2016.03.01

自分が下した決断に対する「大人の」責任の取り方

事件が起きると、ワイドショーなんかでその容疑者の実家に行って両親が頭を下げる、なんて光景をよく目にします。でも、果たして両親に責任なんてあるんでしょうか? 肉乃小路ニクヨさんの提唱する大人の責任とは?

私だったら体を張らない

肉乃小路ニクヨ 恋愛 ニューレディー おネエ 淑女
©John St John

 覚醒剤を使っていたプロ野球選手について話題になっていますね。
私が気になったのは、いくつかのニュースで
なぜ周りが止めてあげられなかったのかということを言っていたことです。
自分の家族なら、友人なら、恋人なら、体を張って止めるべきだと。

 ほんまかいな?

 私が当事者だったら忠告はしますが
体を張って止めることはしません。
もちろんやめるための助けを求められたら協力はします。
でもいい歳を超えた大人が自分で決めたことについて
周りは止められないでしょう。

 それが大人になるということです。
これは親子関係でもそうです。
成人を超えた子供の不祥事で親が何故止めなかったのか?
そんなの親離れ、子離れしていたら止められませんよね。
子供の人格はいつまでも親の責任なのでしょうか。

親離れ 子離れ

 親の顔が見てみたいと私は思いません。
いつも犯罪者の家族を引っ張り出そうとする世間やマスコミを
私は理解できません。
勿論、自分一人の力で大人になったなんて、
そんなおこがましい事は考えていません。

 親の影響というのは確かにあるのでしょう。
でも、成人になったら、遅くとも働き始めたら、
自分に足りないものを考え、補うものでしょう。
いつまでも親の不作為のせいにしていたら、
一体その人は何のためにこの世に生まれたんでしょうね?
親や周りの言う事を聞くために生まれたんでしょうか?
だから、大人が自分で決めてやったことは
良い事であれ、悪い事であれ、仕方がないと思っています。

 こんな私も若い時はお節介の一つや二つ、
正直言うと、首根っこ掴んで方向転換させようとしたことがありました。
しかし、私の正しさは私の正しさで、彼や彼女の正しさではないのです。
私の力不足だったのかもしれませんが、方向転換させようと思った人は
自分が行きたい方向に向かって行きました。

 当時は自分の力不足を嘆きましたが、
今となっては力不足で良かったって思います。
結局、家族がいても、恋人がいても、友達がいても、
最後は自分が決めるのです。

以来、私はあまり群れないようになりました。
それを孤独という人は
いつも一人の私を小馬鹿にしていました。

自由と孤独はふたつでセット

 私は孤独でありたいわけではないのです。
ただ自由でありたいだけなのです。
だから、他の大人の自由も尊重したいだけなのです。
大学の先輩の竹内まりやさんも「幸せのものさし」という歌で、

♪自由と孤独はふたつでセット

と歌っています。
私はこの歌を大切な女装仲間から教えてもらいましたが、
自分の頭の中でモヤモヤしていた感覚をスッと説明されたようで、
いい歌だなって思って、しばらくずっと聴いていたことがありました。

 と言いつつも、
常に一人でいることを望んでいるわけでもないんですよ。
利害が一致していたり、気が合ってチームプレーができる人とは
しっかり一緒に協力し合えます。
そのくらいの社会性は私にだってあります。
家族も恋人も仕事仲間も友人も
無条件に自分の思うままになることは人生にはなかなかありません。
だからこそ、気が合う人やベクトルが似ている人は大切にしたいとも思っています。


 私のことを孤独だと思っている人は
実は私が近づきたくないから近づかないだけということも

♪察してほしい
(ペドロ&カプリシャス「五番街のマリーへ」より)

なんてね。ふふふ。

Text/肉乃小路ニクヨ

ライタープロフィール

肉乃小路ニクヨ
東京の片隅でひっそり生き続けるちょっぴりしょっぱくてサワーなニューレディー。オーバー40歳、崖っぷち女装

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