なぜ人参をアソコに入れた?アダルトグッズ代用品としての長い歴史/春画―ル

春画鳥橋斎栄里《婦美の清書(ふみのきよがき)》

現代のような医療の発達が無かった200~300年前の性典物をいくつか読んでみると、「性の欲求を”正しく”満たすことによる発散や、喜びを感じることで病にかかりにくい身体にしよう」という内容をチラホラ目にする。まさに「病は気から」だったのだ。

“性の欲求を満たす”といってもその満たし方や欲求自体も様々だが、とりわけ「女性のセルフプレジャー」がひと昔前まで「隠すべきこと」「してないと言う方がマスト」と考えられていた時期があったことを考えると(わたしが生きてきた大半はこの価値観に縛られてきた)、「健康面から考えても性の欲求は正しく満たすべきだ」という江戸期の性典物の考え方は目からウロコだった。

春画勝川春章《番枕陸の翠(つがいまくらりくのみどり)》

ちなみに性典物の発祥は上方(江戸時代の京都や大阪エリア)と言われているが、それ以降も既出の性典物を参考にして書かれているためか「セルフプレジャーはするべきではない」という逆説は見たことがない。

1764年頃に出版された月岡雪鼎の《艶道日夜女宝記》には、「自行按摩法(セルフプレジャーについて)」において「交合の効能に劣るといえども、血気の流れが悪いと病になるので、自分で行うことにより血の巡りを良くすることが大切」とある。
自分で行うことで心をおだやかにし、血気も巡るので貞心(配偶者以外に心や身体を許さない、操を守る)も破らずにいられるという。

張形(はりがた)と呼ばれる男根を模した性具は交合のときに使用されるほか、自分で満たしたいときにも使用される。もとは明の頃の舶来の品と考えられており、明の時代の小説『株林野史(しゆりんやし)』に「広東膀(かんとんぼう)」と呼ばれる道具が登場する。男根を模した形をしていることや使用前に湯に浸して温めるところも江戸期の張形と同じである。

張形が買えないなら代用品で

蘇雲斎千酔(そうんさいせんすい)の《男女懐宝/礼開節図集(だんじょふところたから/れいかいせつずしゅう)》によると、張形の質のランクは上から、べっ甲、水牛の角、革だという。安すぎるものは質が悪く、なるべく小間物屋や香具屋から買うことを勧めている。

張形を店で買えると言っても気軽に手に入るような金額ではなかったようで、その代用として紙で包んで温かい灰の中で蒸した人参などの野菜を代用する方法もある。

春画渓斎英泉《地色早指南(ぢいろはやしなん)》蒸した人参は膣内で折れると取出すのに難儀するらしい

渓斎英泉《地色早指南》では人参の他にも、ビロードの柄袋(刀剣の柄を覆う袋)の中に湯に浸した木綿の綿を詰め込み用いる方法や、上図の左のように布団を丸めて紐でくくり、夜着の中に柄袋を入れて布団を抱きしめながら楽しむ方法も紹介されている。羽二重(はぶたえ)の布切れで縫って張形を手作りする方法も紹介されている。

春画戀川笑山《實娯教繪抄(じつごきょうえしょう)》

戀川笑山の《實娯教繪抄》にも人参を張形の代用として用いる方法や、布団を抱きしめながらセルフプレジャーを行う方法が紹介されていた。

これらの性典物を読むところに、おそらく女性たちは大金を性具に費やさなくとも、それぞれ家にあるもので代用していたのだろう。