縛られることで絆が深まる?「緊縛」というコミュニケーションを知って

緊縛拘束された体の画像 Alexander Krivitskiy

こんにちは、ワイルドワン広報部のYukaです。
前回は「変態さんと私」について書かせて頂きましたが、今回は「拘束と私」についてです。

「拘束」とは自由を制限すること?

拘束【こうそく】:自由を制限すること。

ワイルドワンに入社して半年くらいたったある日、SMグッズの開発に携わることになり、何か学びが欲しいなぁと思っていた頃。
勉強のためにと思い、女性緊縛師の荊子先生の講座「コミュニケーションとしての緊縛」に参加したと時のお話です。

私がそれまで見た事のある緊縛の写真というと、「薄暗い部屋で縛られてる女性が苦し気に天井などから吊るされてる」という構図のイメージがあったんですが……。
そんな予想とは真逆の写真が、その講義内のスクリーンに映し出されたのです。

明るい部屋で女性が手を前に差し出して(前手)縛られている手の部分のアップでした。
日の差し込む温かそうなお部屋が妙に妖艶で、前手で縛られているのになんだかすごく縛られてる(拘束)感のあるワンシーンに、私は「なんて美しくてエキサイティングなんだろう」と思いました。
今でも目を閉じれば浮かんでくるほど、その写真に思わず心を奪われてしまったのです。

この写真で荊子先生は、前手であっても(後ろ手の方が拘束感ある)平和な明るい部屋でも心次第で拘束されてしまうのだという、コミュニケーションの大切さを説いてくれて、技術面のみならず精神面の大切さを教えてくれました。

心の繋がりも含めた「緊縛」という繋がり……奥深い!

他の緊縛写真も見せていただいのたのですが、女性たちはどれをとっても、みんなとても生き生きしていて。コミュニケーション(信頼)次第で、縛られる側はこんなにも自由に心と体を相手に差し出せるのだという印象を受けました(そして、なんだかとても気持ちよさそうだなぁとも)。

「荊子先生に縛られたい女子で部屋の前に行列ができていた」という話を聞いたことがあるのですが(笑)、お話聞いてるうちに縛られたくなっちゃう方々の気持ちが分かるほどに。