現在の女性向けAVとの違い

1988年6月25日に発売された女性向けAV暫定第1号のタイトルは、『夢♡BOY/イ・ロ・ハ・ニ・ほ・へ・と』。タイトルの由来はよく分からないけれども、公募で素人男性を募ってオーディションを開き、そこで選ばれた6名(=夢♡BOY?)が出演しているようである。3位入賞は「タレントのたまご君」、準優勝は「会社員もっこり君」、そして優勝したのは「愛知大学法経済学部法学科2年生の神谷クン」だったようだ(『FOCUS』1988.4.1)。28年経った今、彼らはどこで何をしていることだろう。

ビデオ製作の発起人は、TVプロデューサーの恩田真弓という女性だったようだ。文化女子大学卒業後、イベント司会業、にっかつロマンポルノの助監督を経験しており、当時33歳。撮った動機について、「やっぱり女って、男の性行動にはとても関心があるわけ。どういう時にボッキするのか、どんな風にオナニーするのか、性風俗店って実際どうなってるのか…。そういう女性たちの“見たい・知りたい”本音の欲望に応えるビデオを、どうせなら女だけで作りたいと思ったんです」(『FOCUS』前掲)と語っている。

そういった動機を反映して、ビデオの流れは「①ナース井手のセックス相談、②美少年のちょっとアダルト向けのイメージビデオ、③ソープランド、男の銭湯などへの潜入ドキュメント、④男性自慰場面実写」という感じだ(『FOCUS』前掲)。
その他、「ティーブレイクのお店紹介」や「熟女とのセックスコーナー」もある(『BRUTUS』1988.6.15)。

AV未満のイメージビデオに留まる女性向け動画は今もときどき目にするが、ソープや銭湯への潜入は珍しい。さらに、同映像内でティーブレイクのお店紹介も行うというのだから驚きだ。そして男性の自慰場面も、たとえばSILK LABO作品では『Eyes on you 鈴木一徹』でしか観られないレアなものだ。

『夢♡BOY』は男性の性行動への興味で作られたそうだが、この欲望は作品特有のものだったのか、それとも時代背景によるものだったのかは、さらに検討が必要だろう。ただ、直感として今の女性向けメディアは、女性自身の性行動(自分の性器の形は変ではないのか、どんなふうにオナニーすれば感じるのかetc.)への関心のほうが強いように思う。

なお、恩田は「女だけで作りたい」と書いているが、雑誌の写真を見る限りカメラマンは男性だった。
監督も、「熟考の末、男と女の両方の気持ちが分かる人ということで」(『FLASH』前掲)、ニューハーフタレントのKINYAが選ばれている。「笑っていいとも!」が放送スタートした1982年10月から1984年9月まで、番組の木曜レギュラーを務めていた人物である。お昼の顔が、ずいぶんとアングラな世界に飛び込んだものだ。
ちなみに、KINYAはこんなことも言っている。

「なに言ってるのよ。これはアダルトビデオとは言わないの。Xビデオって言ってよ。Xビデオ」Xビデオ、何のことかと言いますと、女性の染色体XXに引っ掛けた造語。つまりは、女性用のやっぱりアダルトビデオなんであります。(『FLASH』前掲、太字筆者)

当然、X指定(=18禁)のXでもある。結構うまい名付けだと思うが、流行ることは一切なかった。

肝心の値段は60分、1万3800円だった(『BRUTUS』前掲)。
当時のセルビデオ(レンタル=賃借ではなく、セル=販売しているビデオ)としては、まあふつうの価格である。
ただし「当時のセルビデオ」として標準的であっても、セルビデオそのものがかなり高額な品であったことは間違いないだろう。
1988年時点では、一般女性にはまだまだ手の届かないメディアだったのだ。