「○○の秘訣」に対するアンサーは全てまず「運」である/カレー沢薫

某作家の人が「どうやったら作家になれますか?」という質問に対し「運です」と答えていたが全くその通りだと思う。

作家になる方法だけではなく「○○の秘訣」に対するアンサーは全てまず「運」である。

これは金メダリストとかが全く努力せず、支えてくれる家族は村ごとダムに沈み、応援してくれるファンも全部幻覚だけど「他の選手が食った叙々園の焼肉弁当が腐っており、コムタンスープ(容器なし)しか与えられなかった自分だけが無事」という運の良さだけで金メダルが取れた、という意味ではない。

世の中には本人の努力や周囲の支援ではどうにもならない領域が存在するのだ。

コロナウィルスなどその最たるもので、本人に金メダルを取れるだけの才能があり、努力もしていても「大会延期」になってしまったら、どうにもならないし、一個人の努力でどうにかできる問題でもない。

そもそもオリンピックというのは4年に1回だ。
92歳と96歳だったらもはや誤差の範囲かもしれないが、26歳と30歳ではそれなりに差があると思う。
つまり、全盛期にオリンピックイヤーが来るという幸運も必要なのだ。

我々は地球に勝手に住みついている生物であり、さらに無断で社会というものを作ってしまった。
故に「天災」や「社会情勢」というものに翻弄されざるを得ないのである。
天災は仕方がないが、自分たちが勝手に作った社会にまで狂わせられなければいけないというのは愚かとしか言いようがない。

そしてそれらに遭遇するか否かは完全に「運」である。

コロナ離婚だって「俺たちのせいにするな」とコロナさんはおっしゃっているとは思うが、コロナがなければ上手く行っていた家庭もあるだろうから、やはり「運が悪かった」としか言いようがない。

困難を乗り越えるのが家族であり夫婦とも言うが、仲の良い夫婦でもいきなりヒグマとかに襲われたらとっさに「一見私の方が食いでがあるように見えるかもしれませんが、こいつは体脂肪率が私の二倍あります」と、さっきまで手をつないでいた妻を「食い物」としてプレゼンしてしまう可能性はある。

これは、夫が悪いというより「ヒグマに出会う」という運が悪かったのだ。
逆に大して絆は強くないが「ヒグマに会う」など、夫婦の絆が試されるシーンに全く遭遇しなかったおかげで、ケンカもせずに添い遂げられたという夫婦もいるはずだ。

よってもし私が「夫婦円満のコツは?」と聞かれたらまず「運良く円満じゃなくなることが起こらなかったから」と答え、次に「忍耐(夫の)」と答える。

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