毒親育ちに難しかった「親に会わなければいい」を叶えてくれた夫という盾

傷ついた女性を盾のように男性が守っている画像 by NeONBRAND

みなさまこんにちは、みみこです。
前回は、毒親カミングアウト編の前編として、まずは私の母の毒っぷりをお話いたしました。その際、「うちの親の毒具合はそうたいしたものではない」と書きましたが、記事の公開後に「たいしたことあるって!」「お前は俺か」「うちの親もこのタイプ」「あるあるあるある」等、多く共感の言葉をいただきました。

私は毒親育ちであることを表明する際、いつも「いやこの程度で毒親とか、この人の親かわいそう」と言われるのをビビッて「うちの親はまぁ若干毒ですけどそんなたいしたもんじゃないっす」と言ってしまいます。しかし実際に親の話をすると、今回のように「それはヤバい」「よくぞ今までサバイブしてきた」「大変だったね」と労ってもらえることがほとんどです。

ではなぜ私は誰にも言われたことがないこの「親がかわいそう」という言葉に怯えているかというと、実はそれが常に私自身の内側から聞こえてくる声だからです。

日常的に暴力に晒されてきたわけでも、食事を与えられなかったわけでもなく、大学まで出してもらったし、お金をかけて育ててもらった。それなのに親を毒だと思ってしまう……行き過ぎた干渉も私のことを思えばこそで、愛されている証拠なのに……と思ってしまうのです、が

うるっせ――――――!関係ねえ――――――!

たとえ肉体的に影響がある形での虐待を受けていなくても!私個人の人格を認めず精神的な虐待を繰り返してきただけで!充分に毒親!あと何かにつけて「あんたに幾らお金かけたと思ってんの」って言ってくるのも完全にアウトだから!おかげさまで自分にお金をかけることに強い罪悪感と不安を覚えるようになりました!!それから私の失敗を完全に馬鹿にしたニュアンスで会う人会う人に言うのもアウトだから!!幼少期のころからずっと違和感覚えてたけどようやく言語化できるようになった!!あの人はずっと私を辱めて楽しんでた!!

……というように、毒親問題について考えるとき、私は脳内で常に「親がかわいそう」「自分は悪い子供」という“罪悪感”と、「そんなわけねぇ毒親ふざけんな」「まともに育ちたかったわクソ」という“強い憤り”の両端を、高速で反復横とびしているのです。膝壊すわ。
本当は、この感情のちょうど真ん中、「親?ずいぶん前に見限ったから、もうあんまり思い出すこともないんだよね~」というところで凪いだ気持ちでいたいのですが、まだまだ反復横とびの日々は続きそうです。毒親育ちのみんな、罪悪感は捨てて生き延びような。