屁をこきあう夫婦の方が有事の際に強そうなのは否めない「夫婦のはじらい」/カレー沢薫

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今回のテーマは「夫婦のはじらい」だ。

はじらい、などと言えば可愛らしいが、端的に言えば、相手の目の前で屁をこくか、こかざるか、みたいな話である。

交際中、特につきあいたてのころは、努めてキレイなところだけを相手に見せようとするものだろう。

「出会って4秒で合体」は可能でも「出会って4秒で放屁」という関係を築くのは特殊性癖掲示板で知り合った仲でなければ不可能だ。

しかし「結婚」というのはそれとは真逆の関係である。

結婚とは、あれだけカッコ良く、可愛かった相手が死にかけのジジイババアになる姿を一番近くで目の当たりにし、目もそらせない状態になる、ということである。

さらに、本当に目の前で死んだりする。
裸や屁ごときで恥ずかしがっている場合ではない、最終的に死体まで見る羽目になるし、その死体の始末までする可能性があるのが「結婚」というものなのだ。

しかし、結婚の段階で、それを想像しろと言っても無理だ。
頭ではいつかお互い年を取って死ぬとわかっていても、お互い若く幸せの絶頂にある時に、リアルに相手が何を言っているかわからない、壊れかけのレイディオ状態になっている姿など想像しろと言っても無理だ。

せめて少しでも覚悟させるために教会は「健やかなる時も病める時も」などというキレイな言葉は使わず「寝グソをした時も」ぐらい言ってもいいんじゃないか。

結婚をする時に、そこまでの想像と覚悟はできない、結婚10年目になる私でさえ、まだ夫が玄関の段差に30秒かかるジジイや死体になる様は想像できないのだ。

しかし、あと10年20年経ち、お互いの加齢を見つづければ、それも想像できるようになってくるのだろう。

つまり、結婚してからも、ずっと相手の前で格好をつけている、というのはあまり良くない。

それだと相手は「こいつ、いつかボケるかもしれないし、少なくとも死体になるんだよな」という想像が出来ず、ボケたり死体になった時「こんなの聞いてない」と取り乱してしまう。それは逆に相手に対して愛がないのではないか。

よって結婚生活の中で相手に「お前の結婚相手は所詮クソ袋ですよ」ということをわからせてあげておいた方が良い。
もちろん、いきなりではなく、徐々にだ。

朝起きて、相手が突然ハゲ散らかっていたら「騙された」と思うだろう。
しかし、一日1本、三日で3本、3本抜けて2個毛根が死ぬ、という緩やかなハゲ上がりを見ていたら、そこまで気にならないはずだ。

よって「はじらい」なる、お互いの本質的理解を邪魔するものも、徐々になくしておいた方が良い。 屁をこきあっている夫婦が偉いというわけではないが、有事の際には屁をこいている夫婦の方が「強そう」という印象は否めない。