浮かれるなか、事件はおこった

 しかし、その事態は急変した。
帰宅した夫が、夕飯にも手をつけず、ずっと難しい顔で誰かと電話しているのである。相手はおそらく仕事関係者だろうが、今まで見たことないぐらい深刻そうだ。

 電話が終わって、正直あまり聞きたくなかったのだが、すでにただ事でない雰囲気が充満してしまっているので「何事か」と聞くと、会社でデカいやらかしをして、それが上の知るところになった、というような話だった。
夫の仕事内容はよく知らないので、それがどのぐらいヤバいのかはわからなかったが、次の夫の一言でそのヤバさは十分伝わった。

「あなたに迷惑をかけることになるかもしれない」

「どんなジャンルの迷惑?」
そう聞きたかったが、怖くて聞けなかった。
この「怖くて聞けない」というのは、夫婦間、家族間特有の現象である。借金があるのはわかっているが怖くて金額を聞けないみたいなやつだ。何故なら聞いた瞬間自分の問題にもなるからだ。
隠し事というのは言うのも勇気がいるが聞くのも勇気がいる、むしろ言った方は頑固な一本グソが出たかのような爽やかな顔になったりするが、言われた方はそのクソがそのまま自分の大腸にワープしてくるのだ。

「せめて土方さんの誕生日祝いを聞いてからにしてほしかった」
推しというのは、自分の生活が成り立った上で輝くものである。それがグラついた状態で聞いても、普通に死ぬことしかできない。

 しかし、夫の仕事に関して私はどうすることもできない。よって本当に迷惑をかけられるような状態になったときどうするかをずっと考えていた、己の誕生日にだ。

 読者にウケる話を考えるのは苦手だが、最悪の事態を考えるのは得意である。

 まず考え得る最悪の事態は「逮捕」だ。上司をぶん殴ったり会社に放火せずとも、横領とかすれば逮捕ワンチャンあり得る。
さすがにこのレベルになると、途方にくれるしかない。当コラムでも、割と良い夫風に書かれていた夫が突然逮捕という展開は私が読者だったら爆笑すると思うが、当事者としてはあまり楽しくない。

 次に考えられるのは、失職である。責任をとって辞職というやつだ。
これも非常に困る。しかしそうなってしまったものは仕方がない。当時は私もまだ会社員だったので、しばらくは私の1本柱で持ちこたえ、夫に出来るだけ早く次の仕事を見つけてもらうしかない。

 このように、結論は割と早く出た。

「逮捕以外ならいい」と。

 その後、警察から連絡がくることもなく、夫は帰ってきた。結局具体的なお咎めはなし、という結果に落ち着いたそうである。

 今回は運が良かったが、このような「健やかなるときも、病めるときも」の「病めるとき」というのは突然やってくる。

 しかし、結婚式などというハッピーの絶頂みたいなシーンでそんな質問しても「病めるとき?オーケーオーケー、ま、私たちにそんなときはこないすけどね!」みたいな感じで全くその誓いの重さに気付いていないと思う。
結婚式も幸せ一辺倒だけではなく、クロスに取れそうもないカレー染みがついているとか少しぐらい「病める感」を出した方が二人のためではないか。

 ちなみに夫もさすがにその日はそのことで頭がいっぱいで、私の誕生日祝いはおろか、思い起こせば「おめでとう」の一言もなかった気がする。

 だがそれはいい、逮捕されなかっただけで十分である。
それにその役目は土方さんが担ったので満足だ。

次回は <説明したくないし外で働きたくもない「結婚記念日の話」>です。
カレー沢さんが会社を辞めてから初めて迎えた結婚記念日。ふだん面と向かって話す機会があまりないカレー沢さん夫妻にとっては記念日の食事は説教チャンスになりがちとのことですが、カレー沢さんがパートナーから言われたくない唯一のこととは?

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