ぜったいまちがえないでよ

話を冒頭の場面に戻そう。

砂場で遊んだ帰り道、その日も御多分に漏れず、

「パパー!まちがえないでよー!?」

とネタフリを始める娘に、

「大丈夫だよー!あっ、しまったー!!」

と逐一応じる僕。

時には、

「ここはまっすぐだよー!!パパー!!」

などと変化球も織り交ぜてくるので、油断は禁物である。

お察しの通り、この場合は、角を"曲がる"のが正解。

「もー!またまちがえたー!!これじゃーおうちにかえれないじゃーん!!」

自転車で住宅街を縫いながら、幾度となく同じやり取りを繰り返した。

もう一度言おう。

子供は飽きることを知らない。

何回目、いや何十回目だっただろうか。

「パパー、ぜったいまちがえないでよー!!」

いつになく語気強く"フッて"きた娘に、

「大丈夫大丈夫、あー!ごめーーん!!」

此方も張り切って、道を間違えると、

「もー、パパこれじゃおうちかえれないよー!!」

いつも通りの台詞が返ってきたが……何かがおかしい。

文字面は同じだが、トーンが違ったのである。

そこには喜びのニュアンスは一切含まれておらず、むしろ悲しそう。

異変に気付き、慌てて自転車を道路脇に止め振り返ると、

「パパー……もーちゃん、はやくおうちにかえりたいのにー……」

娘はベソを掻いていた。

見れば、目には薄らと涙を浮かべている。

(いや、急に!?いつから?)

確かに、少し前から娘が、

「"ほんとに"ちゃんとまがってよー!?」

「"ぜったいに"まちがえないでよー!!」

などと、妙に念を押すような物言いをしているなーとは思っていたが、

「何度もやってるから、キチンと"フリ"直してるんやなー!?いや、飲み込みが早い!!」

僕はそれを、テクニックの向上と捉え、感心していたのである。

とんだ見当違い。

腕時計を確認すると、公園を出てから、実に小一時間が経過していた。

相手は5才の子供である。

愚図り出しても何も不思議はない。

(悪ノリが過ぎた……)

半ベソの小さな女の子を自転車に乗せ、住宅街を疾走する中年男。

しかも、女児の曇った表情とは対照的に、その顔には笑みさえ浮かべている。

あまりに猟奇的、犯罪的光景……途中、何度か擦れ違った警官が、妙に此方を気にしていたのは、そのせいだろうか。

いずれにせよ、僕は猛省し、

「もーちゃん、すぐ帰るからねー!大丈夫だよー?」

娘を宥め、何十年振りかの"立ち漕ぎ"で家路を急いだ。
もう二度と間違えたくはない。

※2017年8月22日に「TOFUFU」で掲載しました。

Text/山田ルイ53世