妻が手にしていた写真集

先日。

その息子、つまり僕にも、妻の疑惑の目が向けられた。

呪われた血の宿命からは逃れられない。

その日、地方での泊まりの仕事を終え帰宅すると、

「おかえりー!」

妻が僕のキャリーバッグを受け取り、荷を解き始めた。

荷物の中から、シルクハットを取り出し、汗で濡れた部分を乾いたタオルで入念に拭いた後、消臭スプレーをふりかけ、他の衣装と共に干す。

少し崩れた帽子の形を整えるのも忘れない。

舞台用の皮靴の汚れを落とし、靴墨を塗ってピカピカに磨き上げ、小物が入ったポーチの中身をチェックすると、コンタクトや綿棒、眼鏡拭きのシートなどの使った分を補充する。

今の御時世、こんな物言いはお叱りを受けるかもしれぬが、実際、良く出来た妻である。

有難い。

荷物を妻に任せ、テレビを眺めながら一人晩酌に興じていた僕の耳に、

「あー、やっぱりーー!!」

荷解き作業中の、妻の叫び声が届いた。

(やっぱり……?)

ただならぬ気配に、何事かと彼女の元へ馳せ参じれば、

「ちょっとー!何これ―!?」

と僕に何かを突き付けてくる。

まるで、『口紅付きワイシャツ』や、『ホステスの名刺』を発見した奥様のような口調、その表情は俗に言う“ドン引き”状態であることを如実に示していた。

妻が手にしていたのは、僕の荷物から出てきた一冊の写真集。

表紙を飾るのは、一人の小太りの男……しかも、“全裸”である。

持ち主である僕は勿論内容も把握している。

どのページも、表紙の男の全裸カットで埋め尽くされた代物。

彼女がパニックになるのも理解は出来る。

自分で言うのも口幅ったいが、僕は新宿二丁目界隈の方々に非常にモテる。

『その方面に人気がある』というネタで、テレビ番組のオファーを幾つか頂いたこともあるくらいだ。

いや、単純に有難い。

実際、髭男爵の単独公演の客席には、それらしき方々の姿を見かけることも珍しくないし、ファンレターやSNSでエールを送られることもしばしばである。

『オネエの方々にモテる』……今や僕の大切なキャラクター、武器の一つ。

それは当然、妻も知るところであり、この『全裸写真集事件』の数日前にも、実は一悶着あった。

深夜二時、突然、妻に叩き起こされ、

「……なに?」

寝ぼけ眼で尋ねると、

「パパが男の人とHしてる夢見た……」

何とも理不尽なクレームをぶつけられ、

「いやいや、勘弁してくれよ―……」

と苦笑する他ない僕。

日頃から彼女の耳に入るそちら方面に関するモテエピソードの蓄積が、彼女に悪夢をみせたのだろう。

そんな中、時を置かずに全裸男の写真集が登場したのだから、妻の口から、“やっぱり”が飛び出したのも無理はない。

しかし、勿論、彼女の勘違い。

「アホか……」

と一笑に付し、その場は事無きを得たが、僕の心は晴れなかった。

一つは、あらぬ疑いを掛けられたこと。

もう一つは、その写真集は私物ではなく別件の仕事の為の資料であり、何より、その全裸の男……否、『一見全裸に見えるポーズの男』は、お笑い芸人、“とにかく明るい安村”だということに、妻が暫くの間全く気が付かなかったことである。

同時に、二人の一発屋に恥をかかせた格好の彼女。

前言撤回、女の勘など当てにならない。

※2017年9月26日に「TOFUFU」で掲載しました。

Text/山田ルイ53世