「魚!?」の理由
実は、その日は家族旅行の2日目であった。
イルカと遊び、オーシャンビューのホテルで温泉三昧。
美味しい食事に舌鼓を打ち、就寝前には家族でボードゲームと充実の1日目を終え、その翌朝。
僕はホテルのロビーの一角に、足湯のようなコーナーを発見する。
見れば、横長で浅い浴槽に無数の小魚が放たれていた。
テレビのバラエティー番組でもお馴染み、人間の足の角質が大好物の通称"ドクターフィッシュ"である。
(これは娘に体験させておきたい……)
先述の通り、普段から、我が子の積極性を伸ばしたいと考えている僕は、
「ももちゃん!これやろー!?凄いよー!!」
と促すも、
「え―!怖い―!!」
の一点張り。
(昨日、これよりでかいイルカを散々触ってたやないかい!)
苛立ちを抑え、ならば……と妻の方を振り向くと、
「いやだ!気持ち悪い!!」
と即刻却下。
娘のノリの悪さは、彼女の遺伝に違いない。
「じゃあ、パパ一人でやろー!!」
と拗ねた僕は、寂しく足を浸けた。
すると、小魚がうじゃうじゃ集りはじめ、僕の踝より下は瞬く間に黒いソックスを履いたような状態に。
「うわっ!角質がスゴいんじゃないの!?汚―い!!」
と囃し立てる妻。
娘も娘で、
「ギャー!きもちわるい―――!!」
と絶叫……とんだ屈辱である。
後で妻に確認したところ、この朝の出来事と足を負傷し苦しむ僕の姿が、彼女の脳内でリンクし、
(魚の毒で足をやられた!?)
との突飛な考えを導き出し、結果、
「えっ?魚!?」
となったそうな。
勿論、そんなわけはない。
「いやー、やってもうたわー!ちょっと歩かれへんなこれは……」
一通り僕が怪我の経緯を説明すると、
「えー……」
あからさまに不機嫌になる妻。
そこには、夫を心配する様子は微塵も窺えず、
(あたしがちょっとトイレに行ってる間に……何これ?)
とでも言いたげである。
すると娘が、
「ママ―!」
と口を開いた。
(フォローしてくれるのか!?)
と思いきや、
「もーちゃんは、イヤっていったんだよー!」
「イヤっていったのに、パパがかってにのったんだよー!」
「そしたら、かってにじぶんでころんだー!!」
妻の様子に、自分に火の粉が降りかかるのは勘弁だと思ったのか。
"かってに"を連発する娘。
5歳の子供の"保身"を目の当たりにし、
(大きくなったなー……)
妙な感動を覚える。
気まずい空気にたまりかね、
「ごめんね―……俺は平気だから、二人で遊んでおいで」
と提案すると、妻は何処からか仕入れて来た保冷材を僕に渡し、トランポリンコーナーの方角へと去って行った。
お陰で僕はそのあと二時間、一人静かに患部と心を冷やすことが出来たのである。
Text/山田ルイ53世
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