父に贈る言葉
喪主の挨拶も故人の思い出のナレーションもパスしたので、葬儀はテンプレの説法っぽいナレーションで始まった。
女友達は「父の葬儀の時、母の考えた『若き日の2人は燃えるような恋に落ちました』みたいなナレーションが流れて、死ぬほど恥ずかしかった」と言っていた。
私もエモいポエムみたいなやつは恥ずかしい。だったらギャグ連発にして「笑ってはいけない葬儀24時」みたいにしてほしい。
ちなみに葬儀のBGMも自分で選べる。義母の時は東方神起の曲だろうか? 今度、本人に確認しておこう。
テンプレのナレーションでもKさんは号泣していて、私もそれを見てもらい泣きした。Kさんは父の遺品のヨレヨレの帽子を握りしめていた。
彼にとって、父はどういう存在だったのだろう。まさか……推し??
たぶん推しではなくて、父親のような存在だったのだろう。「自分の結婚式にも社長は来てくれました」と話していた。私は親を呼ぶのがイヤで結婚式を挙げなかったけど。
それでも晩年の父が本当のひとりぼっちじゃなく、気にかけてくれる人がいてよかったと思う。
そんなふうに思うのは、父がもう死んでいるからだ。 母の時もそうだったが、死んだ父の方が生きている父よりも愛せる。死んだ父はもう二度と私を傷つけないから。
焼香タイムが終わると、次はメンバー全員で遺体とのお別れタイムである。
12年ぶりに会う棺桶の中の父は「意外と元気そうだな」という印象だった。クレリの納棺師のメイクテクのお陰かもしれない。
死装束はテンプレの白い浴衣だった。棺桶に入る機会もめったにないので、ゴスロリやヴァンパイアなどコスチュームに凝るのもアリだろう。
私は心の中で「お疲れ様、死ぬほどの苦しみから解放されてよかったね」「いろいろあったけど、全部許すよ。だからもし生まれ変わりとかあるなら、次回は幸せになってね」と話しかけた。
そんな言葉をかけたのは、父が69歳でさくっと死んでくれたからだ。
これがもし施設に入って96歳まで生きてその費用を私が負担してとかだったら、そんなふうには言えなかった。
「早く死んでくれねえかな」と親の死を願って生きるのはストレスだ。そのストレスを娘に与えなかった点について、私は父に感謝していた。
ひょっとすると私にこれ以上迷惑をかけたくないと思って、父は自殺を選んだのかもしれない。そんなことは全然なくて、最後まで自分のことしか考えてなかったのかもしれない。それはもうわからない。父はもう死んでいるから。
超少人数のシンプルプランなので、葬儀は40分で終了した。この後は出棺→火葬場へGO!という流れである。
Kさんと事務員さんとはここでお別れだ。最後にお礼を言って、Kさんにお饅頭(3万円の謝礼の封筒入り)を渡した。こういう時に「私ってば大人になったのね」と思う。普段、道で犬の糞を見つけて「ウンコや!!!!!!」とか叫んでいるのに。
だが「ウンコや!!!!!!」と叫ぶことで、ウンコを踏まないように注意喚起できるのだ。ウンコはどうでもよくて、3万円を渡したのは「これまでありがとう」の気持ちもあるが、「これからもよろしくな」の気持ちもある。
父のアパートの処理や遺品整理は、Kさんが手配してくれることになっていたから。
そしてこのアパートの処理の後、私は衝撃的な事実を聞かされる。もう衝撃が多すぎて心臓に悪い、誰か救心をください! 効くか知らんけど。
それはまた次回書くとして。我々はよっこいしょういちと棺桶をかついで、車で20分ほどの火葬場に向かった。