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「出会ってしまえば、あとは全然変わらんのよ」交際3ヶ月でお見合い婚したモリちゃん

お見合いで結婚したカップルの画像

あなたは人の形をしたお守りを持っているだろうか。

初詣で買ってくるようなものでも、私たちの家内安全も恋愛成就も金運アップも特に約束してくれるものでもない。いつまでも手元に置いておくことも叶わなくて、ときどき目の裏側のほうからぐるんと引っ張り出してきてはしげしげ眺めて、また大事にしまい込んで、そうして何気ない顔して飲みかけのコーヒーに手を伸ばすようなもの。

ちょっと自分にとっての「お守り」を思い浮かべてみてください。
それは恋人かもしれないし、両親だったり、わが子だったり、友人だったり、アイドルだったり、ソシャゲのガチャから排出されたり、動物だったりするかもしれない。だいたいそんな感じです。ごく個人的な、祈りのようなもの。

私の「お守り」は女の子の姿をしている。もう10年ぐらい、湿っぽい眼球の奥からちょくちょく取り出している。そして、彼女は一昨年の秋に結婚した。

お見合いだった。1月の半ばに初対面を済ませ、2月の終わりには108本の薔薇の花束でプロポーズされた彼女は、9月の終わりには白無垢姿で結婚式の参列者に次々と饅頭をぶつけていた(福井県の結婚式は新郎新婦が饅頭を投げるイベントがあり、参列者の子どもがだいたい狂喜する)。

その披露宴の受付に、私は座っていた。

「お守りにしている女の子」を、仮に「モリちゃん」と呼びますね。
モリちゃんとは特に親友というわけではない。高校2年生のときのクラスメイトで、東大合格を目指していつも勉強していた。真面目だった。

真面目って言葉にはなんだかネガティブなイメージがつきまとうのだけど、モリちゃんの真面目さは質が違う。ハメを外す勇気がない人が陥る予定調和的な真面目さではない、しんしんと降る雪みたいに、静かでまぶしい勤勉さだった。私はそんな彼女にそれはもう憧れて、偶然にも同じだった塾の自習室ではいつも後ろのほうに座り、前方で赤本に集中しているモリちゃんを惚れ惚れと眺めた。至福だった。結果的に私の自習時間も増え、志望校判定が1年でEからAに上がることになる。

モリちゃんは優等生グループや人気者グループに入っていたわけでもない。器用なわけでも、立ち回りがうまい訳でもなく、ひたすら愚直だった。何かのきっかけで囲碁に興味を持ったかと思えば、部員が男子2人しかいない囲碁部に即日入部して、それからの通学時間は電車で毎日入門書を読み続けていた。合唱コンクールでは、まるでやる気のなかった私たちのクラスを何とか取りまとめくれた。
その合唱コンクールで、私たちのクラスはひとつの賞も手に入れることができずに終わる。もともとまとまりがないクラスをモリちゃんがなんとか鼓舞して、合唱っぽいものに仕上げた程度のものだった。さんざん練習をサボった男性陣が残念やったなあ〜! とがなる教室で、モリちゃんはそうやねえ、と苦笑していた。

その日の放課後、教室。私はほんの偶然、こちらに背を向けて窓の外を眺めているモリちゃんを見かけた。その姿勢の良い背中を私は一生忘れられなくなる。

窓の外を見ているモリちゃんは、はっきりと打ちのめされていた。もしかしたらこっそり泣いているのかもしれない。
あ、植物みたいだ、と思った。すっと伸びた背中の内側で、ゴウゴウと、莫大なエネルギーが葉脈のように巡っているのが見てとれたから。
後にも先にも私は、あんな背中は見たことがない。苦しさつらさ無力さ、やるせなさが、怒濤の勢いで押し流していく。たぶんあれは、いつだって真っ直ぐな彼女が、折り合いを付けて立ち直るその瞬間だったのだと思う。
私はその背中を、脳内のハードディスクにただ「モリちゃんの背中」とだけ名前を付けて保存して、これまで何度再生してきたことだろう。

私はモリちゃんとは真反対の自堕落な人間で、自分にとって不都合なことが起こるととことん逃げ抜いたあげく死んだふりをする悪癖があるのだけど、それでもどうしたって逃げ抜けない局面には、100パーセントあの背中を思い浮かべている。だから私は、恐ろしいものごととの向き合い方だけは知っているのだ。背筋をピンと伸ばすこと。

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