付き合い始めた頃はよかった。
一緒にいれば大体楽しかったし、思わず口に出してしまったかも知れない。「幸せ!」って。
なのに、結婚生活の蓋を開けてみたら「なんだこれ……」。
うざいし、つらいし、苦しいし。相手に抱く感情が様変わり。
まるで他人になったように、あの頃の恋人はもういない。自分が、それとも相手が変わってしまったのか。
父と母なんて見たら、将来が不安で仕方ない。
新聞紙で終始顔を隠す父。そんな父に無言で夕飯を差し出す母。会話は無い。この二人がかつて愛し合っていたなんて信じられない!
愛を足しても引いても割っても、イコール幸せにならない。
結婚という難解な方程式に右往左往する男女の悲しき、儚き、切なき物語をとくとご覧あれ!
痛すぎる、恋の始まりと愛の終わり 『ブルーバレンタイン』
はじめに紹介するのは、デレク・シアンフランス監督・脚本の『ブルーバレンタイン』。
カンヌやサンダンスなど数々の映画祭で話題となった、一組の夫婦の破局までを描いた物語です。
ストーリー
ディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の夫婦は、娘とともに三人で暮らしている。資格を取って病院で忙しく働くシンディと、仕事が見つからないままのディーン。
互いに不満を抱えて生活し、かつて愛し合っていた二人の間には信じられないほど大きな溝が出来ていた――。
一つの映画に、幸せと不幸せが容赦なく入り交じる
この映画は、ディーンとシンディの恋の始まりと愛の終わりを交互に映し出す。それはまるで、異なるジャンルの映画をいっぺんに観させられたような感覚なのです。
片方は、デートムービーにぴったりな恋愛映画。
付き合い始めのカップルがラブラブのディーンとシンディを観て、「こういう恋愛いいよね」って抱き合ってキスしたくなるような内容なんです。ところが、そこにいきなりまるで別の映画のようなシーンが挿入される。
それは、やさぐれた主婦が一人で観に来るような恋愛サスペンス。
重苦しい空気のディーンとシンディを見て、「そうそう、男ってほんと最低よね」と結婚生活20年目の奥さんが旦那の愚痴大会を開催しそうな映画です。しかも、それがラブラブな本編に入り交じるという、アバンギャルドな手法で映し出されます。
カップルの結婚前と結婚後。二つのストーリーを交互に見せることで、すれ違う男女の時間の経過と、その残酷さが浮き彫りとなる。
どこか見覚えのある二人の姿に、思わずハッとさせられる。「これ、うちらじゃん」って。そんな普遍的な愛の終わりを描いているのです。
この息苦しさの正体とは
シンディが元恋人と偶然会ったことを告げるだけで、「なんで俺に言うの?」と執拗に突っかかるディーン。こういった二人が言い争うシーンに、決まって使われる演出があります。それは、二人の顔のクローズアップ。
この手法が意味するのは、もうこの顔から逃れられないということなのだろう。結婚した以上、一生この顔と付き合わなければならない。画面いっぱいに映し出されるディーンの顔に、世の女性は息苦しさを感じるはず。
一方、世の男性はシンディの顔に窒息死しそうになる。
このような残酷描写が全編に使われることによって、より一層のトラウマレベルで鑑賞者を恋愛の墓場まで連れていってしまう。最終的に、性欲を奪うラブホテルの青い照明が、瀕死の心を完全にノックアウト。愛が息を引き取ります。
デレク・シアンフランス監督は10年もの歳月をかけて、本作の脚本の改訂に取り組んだという。緻密に構成された過去と現在の物語は、観る人の記憶を刺激します。
素敵な思い出があるからこそ相手を傷つけるし、自分を苦しめる。そして、この映画は真顔で尋ねてくる。
「一生、その人と一緒になるつもり?」と。
結婚はやっぱり恋愛と全然違うんだ、って思い知らされるのです。
『ブルーバレンタイン』DVD発売中
価格:3,990円(税込)
発売元:バップ