アカデミー賞ボイコットで話題騒然!夫婦のすれ違いが意外な顛末を迎える復讐サスペンス『セールスマン』

映画セールスマン MEMENTOFILMS PRODUCTION–ASGHAR FARHADI PRODUCTION–ARTE FRANCE CINEMA 2016

 「男はやたらと解決したがる。女はただ聞いてほしい。」
――女性が男性に悩みを打ち明ける時、その行き先の相違にもどかしさを感じる。どちらも求めているのはそれじゃない。ここから互いのすれ違いが生じてしまう。

 これは男女間のディスコミュニケーションが映し出された、意外な顛末を迎える復讐劇だ。

 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した、イランの名匠アスガー・ファルハディ監督作。トランプ政権の入国制限命令に抗議して、監督と主演女優タラネ・アリシュスティが授賞式をボイコットするなど、大きな話題を呼んでいる。
 
 本作は政治色は一切なく、どの国のどの街でも起こりうる男女間の悲劇が描かれている。イランは今もなお検閲制限があるが、厳しい制約を乗り越えて作り上げられた結果、カンヌ国際映画祭でも脚本賞と男優賞をダブル受賞した。

愛情が確かに在る分、すれ違う姿が痛々しい

映画セールスマン MEMENTOFILMS PRODUCTION–ASGHAR FARHADI PRODUCTION–ARTE FRANCE CINEMA 2016

 平穏な日々を脅かした暴力事件で、夫婦の生活に暗雲が立ち籠める。観る人によっては心に深い傷が残るほど、人と人との亀裂を抉り取る作品だ。許しがたい暴力との向き合い方というより、その痛みとどう共に生きていくかを問いかけてくる。

 暴漢に襲われた妻ラナは、解決を求めていないわけではない。だが、傷ついた心は“犯人”に復讐しても何一つ解決しないことを分かっている。一方、夫エマッドの身からすれば、誰よりも愛する妻が卑しく傷つけられることなんて許せるはずがない。ゆえに、その怒りの矛先は復讐にしか繋がらない。
互いが求める方向とは真逆に事が進んでいき、夫婦二人の思いやる愛情が確かなものだと伝わる分、すれ違ってしまう姿が痛々しい。

 小さな劇団に所属する二人が演じる、劇作家アーサー・ミラーのピューリッツァー賞受賞作の『セールスマンの死』の演劇のシーンが随所に挿入される。監督曰く、時代の変化に取り残された戯曲の主人公の境遇と、近代化が急速に進むイランの社会状況に重ね合わせたという。
筋書きの決まった演劇と、筋書き通りにいかない現実が交互に映し出されることで、不安定な物語に奥行きを持たせている。