「どうかこの日常を壊さないでくれ」

たけうちんぐ 映画 この世界の片隅に こうの史代 片淵須直 のん 能年玲奈 コトリンゴ こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 浦野家から北條家へ。苗字が変わって遠くの町で暮らす。お嫁に行く18歳のすずさんが子どもと大人の狭間で戸惑いながらも、新しい生活に馴染んでいく様がコミカルに描かれる。

 とにかく笑いに溢れている。出てくる人たちが全員かわいい。
本作はひとえに「戦災モノ」とは言い表せない。絵を描くのが大好きで「うちはようボーッとしとる子じゃあ言われてとって」とつぶやくすずさんを筆頭に、真面目で誠実な一方でヤキモチ焼きな夫・周作、普段は厳しいけどちょっぴり寂しがり屋な義姉・径子、やたら軍艦に詳しくていつもニコニコしている径子の娘・晴美といった、賑やかな登場人物たちで日々の暮らしを描くことに重きを置いている。

 すずさんが道に迷って遊郭で遊女・リンと出会ったり、幼馴染の水兵・水原と再会することで複雑な想いを寄せたり。様々な人や物と触れ合うことで、片隅に生きるすずさんの世界が開けていく。
貧しくても工夫を重ねて、節約とユーモアで生き抜く。拾い集めた野草を楽器を奏でるように調理したり、節米料理“楠公飯”を実践してみたり。
柔らかくておっとりしたトーンで、決して暗くならずに明るく過ごそうとする日々が愛おしくてたまらない。

 「どうかこの日常を壊さないでくれ」
登場人物に愛情を寄せることで、誰もがそう願ってしまうだろう。彼女たちの泣き顔なんて見たくない。でも、我々は知っている。昭和20年の夏、広島で何が起きるかを。

 すずさんたちが暮らす呉に戦火の手が忍び寄り、空襲警報が鳴り続ける。平穏な日々を壊す爆撃音。不安な手を握りしめるもう一つの手。
“普通”の日常を愛おしく思うことで、平和に過ごす日々のありがたみを知る。だからといって「可哀想」と思わせる物語ではない。憐れみの目で見ることを許さない。描かれるのはヒロシマではなくて、広島だ。スクリーンの中の人たちと一緒にその地を歩む。現代から逆算された町ではなく、すずさんたちとリアルタイムで生きる町なのだ。あくまで舞台は“片隅”であり、それが特別な町として映らない。
ボーッとしているすずさんに、やがて哀しみと怒りをもたらす出来事が訪れる。そこで、彼女が描く絵が本作に大きな効果をもたらしている。