10代の男子は目の前に裸の女性が差し出されたら、答えは一つ。
この映画の洋もその男子の中の一人。ときめきもポエムも感傷もすべて言い訳で、ただ抱きたい、触りたいだけで恵美子に近づく。それを恵美子が受け入れ、満たされない心を刹那的に埋めていく。
男はヤリたい。女は埋めたい。まるで生き物図鑑のように男女が“恋”を言い訳にして、欲望に翻弄されていく。
これは約35年前に現役女子高生が描いた物語。
時を経ても色あせず、すぐ傍から恵美子の息づかいが聞こえてくる。少女から大人の女性へ成長する物語です。

© 2014「海を感じる時」製作委員会
1978年に作家の中沢けいが当時18歳で発表した本作は、現役女子高生が書いたスキャンダラスな作品として話題を呼びました。
「第21回群像新人賞」を受賞し、あらゆる映画化の話があったにも関わらず、約35年の時を経て初めて映画化されました。
主演は市川由衣。これまでのイメージを一新し、少女から女へ姿を変える恵美子を大胆な演技で体現。池松壮亮演じる洋に求められるがまま裸体をさらけ出し、本作に懸ける情熱が伺えます。
監督は『blue』、『僕は妹に恋をする』の安藤尋。
少女を描くことに定評のある安藤監督の繊細な演出で、恵美子と洋が実在の人物のように浮き上がり、恋愛そのものについて問いかけてきます。
愛した人は、愛のない正直な人
【簡単なあらすじ】
二人は高校の新聞部の部室で出会った。恵美子(市川由衣)は洋(池松壮亮)に突然キスを迫られるが、洋は「決して君が好きな訳じゃない。女の人の体に興味があっただけ」と恵美子を拒絶する。
幼い頃に父を亡くし、厳格な母のもとで育った恵美子は愛を知らず、洋に体を包まれるたびにそこに愛を見出さそうとする。決して愛されていない寂しさを募らせながらも、少女から“女”に目覚めていく。
やがて進学のため上京した洋を追って、恵美子も東京の花屋で働き始める。たとえ愛がなくても洋と離れたくない恵美子は、傷つきながらも寄り添い続けていく——。
男はただ体を求める生き物で、女は……
「女の人の体に興味があっただけ」
「君じゃなくてもよかった」
「ただ、キスがしてみたい」
ちょ、洋マジで正直すぎる。
これ、大体は男の真理であることを否定できない。洋は別にモテモテ設定でもイケメン設定でもなく、どこにでもいる一人の男として描かれているからこそ、この言葉が恵美子だけでなく多くの女性の心を蝕むのが目に見えている。
「君に興味があった」
「君じゃなきゃだめだ」
「君とキスがしてみたい」
世のラブストーリー及びラブソングで描かれることとは真逆。
冷めた恋愛観で攻めていく洋に対し、恵美子は世のラブストーリーを求めるように洋から離れない。

© 2014「海を感じる時」製作委員会
愛を知らずに育った彼女の切実な追求。それが無謀であることなんて彼女が一番理解している。
洋からも母からも理解されない。助ける人は誰もいない。まさに孤立無援のまま、ただ一人感情の赴くままに服を脱ぎ、裸体をさらし、抱かれていく恵美子が見ていて痛々しい。
現代だと一言で“メンヘラ”と片付けられる行動でも、病的にも異常にも見えない。それは少女が“女”へ成長していく過程がきちんと描かれているせいか。
かつては洋に翻弄される恵美子だったが、次第に立場が逆転していく展開が生々しい。
男子は一生男子のままだが、女子はいつか女になる。
結果、一人になってしまうのは男。“女”の大逆転勝利を見届けるのも、なかなか壮快なのかもしれません。
すべての男女関係に置き換えられる、心と体の距離
当初は設定を現代に移すことも検討されたらしい。舞台が1970年代で本当に良かった。
携帯もネットももちろんないからこそ、男女の間に何も介さない。純然なる関係が描かれる。会う前に、互いの情報を知り得ることなんてない。
その人の身振り素振りで判断し、口と耳と目で感じる。これが恋愛なのだと教えてくれるように。
現代だと『海を感じる前に、恵美子がタグ付けされました』とか、そんなのロマンの欠片もない。
二次元に逃げる。ネットに逃げる。今は愛の代用品としての手段が豊富にある。 しかし、70年代だとそんな逃げ場はないのです。

© 2014「海を感じる時」製作委員会
家と学校の往復の中で、考えるのは洋、ただ一人のこと。
肉体と肉体が格闘し、体と心の距離は反比例する。磁石のようにくっ付ければ、磁石のようにすぐに離れる。ある意味地獄に陥っても、繋がれる瞬間はまさに天国。相反する二つのせめぎ合いに、恵美子はどう対処するのか。
これは恵美子と洋だけの話じゃない、すべての男女関係に置き換えられる重要な課題なのです。
愛を知らない少女は「女」へと目覚めていく
寄り添うだけの関係でなく、心でバトルを繰り返す恵美子と洋。体が重なり合っても距離は遠く感じ、抱き合う以上の心の交流を知らない二人は、いつその呪縛から解放されるのか。
恵美子は追い求めていた愛を、どこで知ることになるのでしょうか。
その結末は恵美子だけじゃなくて、すべての女性が探し求めているものだと気付くはずです。
テアトル新宿他全国公開中!
監督:安藤尋
キャスト:市川由衣、池松壮亮、阪井まどか、高尾祥子、中村久美、三浦誠己
配給・宣伝:ファントム・フィルム
2014年/日本映画/118分
URL:映画『海を感じる時』公式サイト
Text/たけうちんぐ