人生に怯えるカワウソ

結婚したからには、自分同様に相手の人生を大切にしなければ。ずっと共に稼ぎ、共に家事ができるとは限らない。どちらかを完全に養なう事もあるかもしれない。子どもができたらもっと責任が増える。病めるときも健やかなるときも、いつもその責任を全うできるだろうか。

カワウソはビビりまくり、緊張してガチガチ君となって、想定されるライフイベントや、必要とされる貯金や資産運用のこと、育児や教育、公的な補助制度などを調べまくりました。その結果、「セーフティネットはちゃんとある。ただし網目は粗く、よほど深刻な場合しか頼れない」という印象を持ちました。本当に限界までヤバいときの助けはある。ただ、普通の生活を保とうと思うと、無限に泳ぎ続けなければ、一瞬で溺れてしまいそう。

ガチガチ君が一生懸命「あれもヤバい」「これはどうしよう」と話しても、夫は「今すぐできないことは気にしないのが一番だよ」と取り合ってくれません。できることがないのが一番恐ろしいのに! マリッジブルーってこれ?!

とある日のラジオ

そんなある日、義両親の運転する車に乗った時のこと。カーラジオが流れ、パーソナリティが聞き覚えのある声で話していました。「あっ、宮沢章夫だ! エッセイが面白くて大好きなんですよ」
カワウソが喜んで話すので、義両親も面白がって一緒にラジオを聞いてくれます。

「昔、両親と車に乗ってたら、ラジオで『牛への道』の序文が読み上げられたんです。ある寒い夜、宮沢さんは自動販売機で温かい缶コーヒーを買おうとする。お金を入れ、ボタンを押すと、なぜか冷たいスポーツドリンクが出てきた。ぎょっとして、もう一度お金を入れ、別の缶コーヒーのボタンを押すと、また冷たいスポーツドリンクが出てくる……」「その話があんまり面白くて、大笑いして、すぐ父に本を買ってもらって……あれから、もう20年くらいになりますね」

番組では、電話を繋がれた女性リスナーが自己紹介をしています。「こんにちは。私は昔から宮沢さんのエッセイの大ファンです。最初の出会いはラジオで『牛への道』の序文を聞いたことでした」

宮沢章夫は笑って、「ありがとうございます。あれは貴重な体験でしたね~」と語りかけ、女性リスナーは「私も朗読していいですか?」と許しを得て、今カワウソが話したばかりの自動販売機の話を読み上げ始めたのです。

サーッと血の気が引きました。20年前に家族で聞いたのと同じ放送を聞いていた人による、ほぼ全く同じ内容のラジオ番組を、新しい家族と共に聞いている。嬉しいとも怖いともつかない、あまりにも奇妙な感覚に襲われ、しばらく黙りこんでしまいました。