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レズ風俗での4時間、世界中を抱きしめられそうな余韻が残った/姫乃たま

自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち025「レズ風俗」

なかのいいカップルの画像 Sam Manns

新宿のラブホテルは清潔で、洗面台で歯を磨いていたら、大きな鏡越しに目が合ってまこちゃんが笑いました。
私と同じように歯を磨きながら、「いっ」と白い歯をのぞかせて、思いきり目を細めて笑う彼女らしい笑顔で。
ほんの4時間前に初めて会った彼女と、初めて一緒にする帰り支度。胸元でバスタオルを巻いたお風呂上がりの私たちが、鏡の中で並んでいます。
この人は私の体にあるほくろの位置だとか、どこをどういう風に触ったら気持ちよくなるのかも、全て知っているのです。
そう思えば、もう隠せるものもないはずなのに、いまにも泣きだしそうなのが恥ずかしくて俯きました。

洗面台に点在しているそれぞれの櫛や化粧品。まだ浴室のドアからふんわり漂っている湯気。バスタオルの下から伸びる、まこちゃんの引き締まったふくらはぎと薄い足の甲。カゴの中には一緒に脱いで重なった服の上に、二枚のブラジャー。
俯いていたら涙がこぼれそうです。
「あっ、下着のブランド一緒かも」
慌てて口をゆすいで話を逸らすと、まこちゃんもそばでカゴを覗き込んで、「たまちゃんのかわいい」と弾むように言いました。
色や形は違うけど、同じブランドのタグが付いているブラジャーは、カゴの中で並んで私と彼女みたいです。

ラブホテルで自分以外のブラジャーを見るのは初めてで、一瞬不思議な気分になりました。
しかし、それよりずっと不思議だったのは、下着を褒められたのがやけに嬉しかったことです。
私は、デート用に選んだ下着を見もせずに脱がされたとか、そういう女の子らしい不満には執着がない人間なのだと思っていました。だから、自分でも意外だったのです。
それに、なんの下心もなく女性と褒め合うことが、こんなにも純粋で心地よい行為だったなんて知りませんでした。

「まこちゃんのも、まこちゃんによく似合ってる」
彼女が今日のために下着を選んでくれたのかと思うと、うれしい気持ちがするっと声になって、心はどこまでも素直に溶けていきました。
せっかく隠していたのに、うっかり涙がこぼれます。

もしかしたら、「女の子らしい不満なんて気にかけない自分」でいたいがために、無意識で興味のないふりを続けてきたのかもしれません。
本当に微塵も執着がないのなら、嬉しく感じた自分を意外に思ったりもしないはずだからです。
しかし、その時はそんなこと全然考えられなくて、まこちゃんに優しく撫でられながら、言葉よりも先に涙が流れてくるのにただ驚いていました

どうして自分が泣いているのか、泣いているのが自分自身なのかもまだわかっていない新生児のように、私は無心で泣いていました。
現に、新しくなってしまった世界に混乱していたのだと思います。
誕生日にレズ風俗で過ごした、たったの4時間。でも、一瞬たりとも逃さず美しかったあの時間の中で、私は27歳になっただけじゃなく、すっかり生まれ変わったようです。

なんとなく女性が苦手なのは、いつの頃からでしょう。
撮影なんかで女性と親密そうに近づくよう指示されると、ひどく緊張して憂鬱にすらなってしまいます。途端に自分が汚い生きものに思えて、息が詰まってしまうのです。
気楽に話せる女友達もいて、仕事で女性との付き合いもあります。彼女たちは大事な存在で、特別な緊張感もないし、思えば具体的に苦手な女性がいるわけでもないのに、自分の中にある「女性」にまつわるイメージが、どこか苦手なのです。

思春期のせいかもしれません。
あの頃、女の子たちは口達者で、すぐにほかの女の子の悪口を言ったし、勝ち気で、よく泣きました。女の子は厄介な生きものでした。
それに巻き込まれたくなくて、でもすぐに感情を引っ張られて乱されてしまう自分も煩わしくて仕方ありませんでした。人生がいつまでもこのままだったらどうしようと、焦りが募ります。
私はほかの子よりも体の成長が早くて、自分の感情をコントロールできないまま、体だけが大人になっていくのを孤独に眺めていました。

それでも大人になれば、いつかは粗暴だった女の子たちも、多かれ少なかれまあるく優しくなります。何もかも剥き出しで生きていくほうが難しいのです。
しかし大人になってからも私は、女性同士の褒め合いに、どうにも慣れませんでした。
話題の取っ掛かりになりやすい化粧や洋服の話が、いつしか苦手になっていたのです。
私は普段、できるだけ化粧や洋服の話をしません。インターネットに公開されているメイクのハウツー動画も、サムネイルが目に入るだけで不安な気持ちになりました。何か見てはいけないものが公開されているようで落ち着かないのです。
思春期に厄介な女の子の状態で大人になりたくないと焦っていた気持ちが、少しずつ妙な形に歪んでいって、自分が女性らしい行動を取ることへの恐怖に繋がっていったのかもしれません。
はっきりしているのは、女の子って厄介という思い込みのもとで、私は自分にも気づかれないように「女の子らしい不満なんて気にかけない自分」を粛々とつくりあげてきたことです。

そんな私がレズ風俗に行ったのは、仕事がきっかけでした。
老舗レズ風俗店の「レズっ娘クラブ」が主催するトークイベントに出演が決まって、実際に体験することになったのです。
深く考えずに好奇心から引き受けたものの、いざホームページを開いたら想像以上に緊張してしまって、予約するのに数週間かかりました。
躊躇ってしまった一番の原因は、仕事以外でレズ風俗に行く動機がなかったことです。
「レズっ娘クラブ」にはいくつかのコースがあり、初心者の私に薦められたのが、デートをしてからホテルに行く組み合わせでした。
どちらかと言えば女性は苦手で、デートで他愛ない話をするのも、ホテルで触れ合うのも、想像しただけでうっすら憂鬱になるほど緊張します。
最後は仕事だという気持ちが予約を後押ししてくれましたが、それからは面倒な客だと思われたくない一心で、ホームページに掲載されている「まこ(30)」のプロフィールと、顔から下だけの写真を頼りに、デートコースを思案する日々が続きました。

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