世界に散らばる痛みたちは確実に存在している、と。
それから数ヶ月が経って、ついさっき骨折が完治しました(突然骨がくっついたわけじゃなくて、そう診断された)。それでわかったことがあります。
やっぱり、私はいま骨折前の世界とは異なる世界に生きています。ただそれは、取り返しがつかないというような嫌な状況ではありません。
人は強烈な芸術に触れた時、見た目は変わらないけど、まったく質感が異なる世界に放り出されます。それと同じことです。
自分の痛みに拘泥していた時はどうしようもなかったけれど、リハビリテーションを重ねるうちに、誰かの痛みを知ることが、自分の痛みを許すことに繋がっていきました。
リハビリ室で隣り合わせた人と話して、相手が持つ痛みや不自由さの正体がわかると、自分の痛みまで和らぐような感覚があったのです。いままで見過ごしてしまったさまざまな痛みや苦悩に、実際に触れることができたからかもしれません。
そういう過程があったので、いまは世界に散らばる痛みたちが微生物みたいに、見えないけど確実にあるものとして以前より近くに息づいて感じられます。 映画館に向かっている時と、映画館をあとにする時では、まったく現実の感覚が変わってしまっているように。
とか恰好よく言って、私のきっかけは間抜けな骨折だったわけですが。
Text/姫乃たま
次回は<忘れられない恋がある。友人とその彼が連れていってくれた場所 >です。
今でもしみじみと思い出す、忘れられない恋のこと。姫乃たまさんの記憶に残るのは情熱的な友人カップルのエピソードです。友人カップルが姫乃さんを連れていった場所とは。