もう山に来ないぞと思ったことは忘れて

 山の頂上というのも不思議な場所です。古くからある茶屋は浮世離れしているようだし、山小屋で食べるカップラーメンや、お湯を沸かして淹れた珈琲は、この世のものとは思えないほどおいしく感じられて、チョコレートの糖分も全身に染み渡るのがわかります。

 ようやく一息つくと、山頂からの景色を眺めながら、また一気に登ってしまったなあと少し反省します。道の途中で余裕を持って、景色や草花を楽しめるようになるまで、あとどれくらいかかるのでしょう。自分自身の苦しみにとらわれず、ただそこに咲いている草花を愛でるようになるまで、どれくらいなんでしょう。

 帰りの下り坂は、そのほうが体が楽なので、ほとんど滑り落ちるように駆け下ります。気力と体力が重要な上りよりも、転ばないように集中して頭を使うので、登りには不安で膨張していた思考がすっきり整理されます。
 脚に普段とは違う負荷がかかるので、最後の方は膝が笑うのが可笑しくて、私まで笑ってしまいます。ああもう無理。これ以上一歩も歩けない。ひい、わはは。

こうして元の生活場所へ向かいながら、また早く山に来たいと思うのです。

 コンクリートの道に出ると、完全に登山が終わったことを知って、ああ、楽しかったとしみじみ思います。もう山に来ないぞと思った時のことは、すっかり忘れているのです。

 でも、人生もそんなものなのかなと思います。
先の見えない道をひたすら登って下って、憂鬱が晴れるように視界がひらけて、また登って下って、辛くて、笑って、でも確かにゴールはあって、終わってみればなんか楽しかったなって、そう思うものなのかもしれません。

 そうだとしたら、いつもの帰り道が、少しいいものみたいでした。

Text/姫乃たま

次回は<クリスマスもお正月も自由に過ごしていい…そんな大人の称号が少し寂しい>です。
子供のとき感じていたクリスマスの煌びやかさや、親戚家族と過ごす年末年始の特別な感じも、大人になった今となっては懐かしい。「家族のこども」でいられたあの日々を、姫乃たまさんが思い出して綴ります。

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