「転職したい夫と転職させたくない妻」のジレンマ

ぱぷりこ

プライドの高い人は、たとえ相手が夫であっても、物事を勝ち負けで見てしまいがちですよね。近くで見ている友人だとしてもズレを止められない気がします。願望が真っ向から対立しているから……。

――境と初穂のような夫婦は現実でもいるとのことでしたが、どういう例がありますか?

ぱぷりこ

よくあるのは、「転職したい夫と転職させたくない妻」。

―― あ~!

ぱぷりこ

大手企業に勤めていたハイスぺ男性がベンチャーに行く時に妻に反対されるケースは、わりと聞きます。「妻ブロック」という言葉も、一時期話題になりました。すべてがすべてそうではないんですけど、中には「この会社にいる男の妻である自分」がアイデンティティーと分かちがたく結びついている妻もいる。

米代

難しいですねえ……。

ぱぷりこ

以前どこかのフィクションで、転職を妻に相談した夫が、まず最初に「お金はどうするの?」と聞かれて、「なぜ転職したいの?」とは聞かれなかったことにショックを受ける、という描写を読んだ記憶があります。その質問の仕方に、耐えがたい溝を感じたと。
でも女性側からしたら、これから出産や育児が控えているかもしれないのに大丈夫なの?という不安があるし、夫の仕事と生活がわかちがたく結びついているから、まずそのことを最初に聞いてしまう。

米代

まるで「金ヅル」のように見られたと思ってしまう男性と、生活を考えた結果としてお金の話をする女性のズレがあるということですね。

ぱぷりこ

そうそう。「あなたとの生活を大事にしたい」という気持ちがあるから、そういう質問になるんですけどね。そしてそういうカップルは、話し合わないんですよ。

―― 話し合ってるつもりでも、「ちゃんと話し合う」のって難しいんですよね。

ぱぷりこ

そうですね。「ちゃんと話し合う」って、多分自分の望みを把握して、相手に伝えることですからね。

米代

そういうときって、やっぱり自分の望みを言語化できていないんですか?

ぱぷりこ

できてないと思います。欲望が明らかになれば、選択肢もいろいろ見えてくるんですよ。でも欲望を正面から直視したくないせいで、「一般的にはこうである」と社会規範を持ち出したりして、自分をごまかすことになる。まあ、自分の欲望を解体して認識するのって、本当に難しいし、スキルと体力と精神力がいるつらいことなので、やりたくないのはとてもよくわかるんですけどね。

精神を安定させたい女は「内観」せよ

米代

私、ぱぷりこさんの欲望解体プロセスを見ていると本当に心地よくて。というのも、自分が10代のころに美大予備校の先生に教えてもらった「精神を安定させる方法」とほぼ同じなんですよ!

――ええっ! しかも「精神を安定させる方法」なんですか?

米代

私が受験のストレスで弱っていたときに「こうやるといいよ」と教えてもらいました。モヤモヤしている感情をとりあえず書き出して、何故モヤモヤしているのかを考えていく。

――いわゆる「内観」ですよね。

米代

「自分の汚い感情を全部書くのがポイント」だって言われました。19歳のときに教えてもらって、今も続けているので、ノートが10冊を超えましたね。

ぱぷりこ

なんと! 私自身もよくやるんですよ。

――意外な共通点ですね。それは毎日やるんですか?

毎日じゃないですね。たまったら……という感じ。

私もそうですね。自分のモヤモヤを分析しつづけてきたことは、作品づくりにも生かされています。『カノン』でも、まずキャラの行動を決めたあとに、「どうしてこういう行動をするか」というのを内観するような流れでさかのぼっていって、後から行動や感情の理屈づけをしているんです。そのほうが、自分が納得するまで考え抜くことができて、全部の動作が生きてきます。考えていないネームは、やっぱり担当編集さんに見抜かれますね。ちょっとした眼差しや視線のコマも、キャラの感情を理解して描けていれば、ぐっと効いてくるので。

米代恭『あげくの果てのカノン』3巻画像 米代恭/小学館 月刊!スピリッツ連載中

――ぱぷりこさんは、どういうきっかけで内観を始めたんですか?

ぱぷりこ

父がモラハラ男だったことで、とにかくストレスフルな思春期を送っていて。家庭崩壊まっしぐらだった時期に、自分の感情をひたすら書きまくることを始めました。私のノートはもう50冊くらいたまってるんじゃないでしょうか。絶対もう見ないと思うんですけど(笑)。今はオンラインでやってます。

――あ、オンラインでいいんですね。

ぱぷりこ

はい。完全なクローズドブログで書いてます。