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  • 2017.02.01

Twitterに増殖する自称BBAと、女子のエイジングとの付き合い方

女性にとって"エイジング"は敵だけれども、SNSをのぞけば「BBA」という老いた女性を表すネットスラングを若い女性が使っている昨今。女性にとっての"エイジング"との正しい付き合い方ってどんなものなのでしょうか。30歳を目前にしたうろんちゃんが加齢と見た目の関係について改めて考えてみました。

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 あと3ヶ月で、30歳になる。子供の頃、30歳といえばすごく大人に見えていたもんだが、まあ実際はこんなもんか〜と思う。とはいえ、そのことには17歳の頃から気づいていた。“幼かった頃は17歳といえば大人だと思っていたが、実際はこんなもんなのだ。きっと20歳も30歳も40歳も似たようなもんなんだろう。みんな大人だから大人らしく振舞っているだけで、年齢に実感など伴っていないんだろう”と。その予感は当たっている。なのでまあ、やっぱりこんなもんだよな〜と思っている。

君の名はエイジング

 忘れもしない26歳の春、ワンルームマンションのわたしの部屋に突然“エイジング”が訪ねてきた。
 気づいたときにはすっかり住み着いていたそいつは、初めは見過ごすくらいに小さかったが、夏頃にはまるまると大きくなり、いつの間にか存在感を放つようになっていた。わたしは、鏡の前で首を傾げることが増えた。
 今までバッチリ似合っていたはずの髪型が、なんだか少しチグハグな気がするのだ。もしかして髪色の問題だろうか? それともアイシャドウの色? いや、はたまたリップの色のせいかもしれない。お気に入りだったはずの洋服も、何故かしっくりこない。ちょっとだけ違和感がある。大学の卒業旅行の写真をスクロールしながら、全然変わってないつもりなのに決定的に何かが違うと気づく。
 そしてその存在に思い当たった。そうか、お前は“エイジング”か、と。気づいたときはビックリした。なにしろ初めての“エイジング”である。これまでは成長しか経験がなかったのだ。しかし、意外とショックを受けることはなかったし、むしろ正体がわかってホッとした。ただ、接し方がわからなかった。初めての“エイジング”と今後どういう距離感で付き合っていけばいいのか、考えながら生きていこうと思った。“エイジング”とは死に近付くということだ。命あるものは必ず死ぬのだから、当然である。

エイジングとの付き合い方

 ほうれい線に効く美容液の広告を見ても、いまいちピンときていなかったけれど、鏡を覗けばそうかコレかと思い当たる節がある。なので、塗り込んでみた。
 顔のヨガというのもやってみた。似合わないなと思う服はちょっとずつ捨てた。見た目ばかりに気を取られるんじゃなくて内面を磨くべきか? と思い立ち、フラワーアレンジメントの教室に2年通った。内面が磨かれたかは正直不明だが、楽しかったから良かったなと思っている。そうか、自分が興味のあることに自ら動くことも、大人には必要なんだと学んだ。
 そして髪型や眉の形を修正してみたりするうちに、いつの間にかまた、色んなものがしっくりくるようになっていた。その後は“エイジング”とは程よい距離感で、ゆるく付き合っている。歯医者さんに定期検診に行くとか、運動をするとか、そういう健康に対する意識も上げていきつつ、生活している。
 歳上の女性たちと話しをすると、皆さん口を揃えて「そのあと35歳を過ぎるともっとすごいのがくる」と仰る。ふむふむ、今一緒に生きているこの“エイジング”が、どうやらまた急に育つらしいぞ、また攻め込んでくるらしいぞと思っている。まあそのときがきたら、また試行錯誤しようと思う。“エイジング”はきっと奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるものだ。過度に怖がる必要はない。

SNSはBBAだらけ

 BBAというネットスラングがある。ババアと読むからには、老いた女性の呼称であろうBBA。しかし驚くべきことにこれを、アラサー女性が自称する場面をTwitterでは毎日のように目にする。下手をすれば20代前半の女の子たちまでもが自称している。SNSは俯瞰地獄だ。アラサー以上はBBA、女子大生じゃなくなればBBA、女子高生じゃなくなればBBA。もはや国民総BBA時代である。
 そんなに急いでババアにならなくてもいいんじゃないの? 数十年後には多分、肌とか爪とか筋力とかだけでなく、歯とか骨とか内臓とかにも深刻な“エイジング”が現れるだろうに。ババアになるのは、その時でいいんじゃないの? と思っている。初めての“エイジング”が訪れたときに、焦ってババアを自称し始める人も多いが、これから先、死ぬまでババアなんて悲しいじゃないか。人生は若くなくなってからの方がずっとずっと長いのに。

 ババアの自称は「痛いと思われたくない」という防衛手段だと思う。わたしは自分の年齢を弁えてます! もう女子じゃないです! わかってます!! とアピールすることで、痛いと叩かれることを未然に防いでいるのだろう。実に涙ぐましい。本当にねえ、もう、そりゃ弁えてるに決まってるだろうと大声で主張したい。こちとら26歳から“エイジング”と共存しているのだ。もう面倒くさい! 弁えてますアピールなんてしたくない! と思う。だが、うっかり「昨日の女子会でパンケーキが〜」などと口を滑らせば、鬼の首を取ったような勢いで「アラサーは女子じゃない! パンケーキ!!! 痛い!!」と喜んで叩いてくる人は、SNSだけでなく現実にもゴロゴロいるもんだから、ますます臆病にならざるを得ないのだ。

「他人のものさし」に屈しない

 いい年して見た目に気を使っているのは痛いというタイプの叩き方もある。いやいや、いい年だからこそ見た目にさらに気を使うべきではないか。若ければ勢いで何とかなってたものが、歳を重ねるとそうもいかなくなる。
出来れば死ぬまで極力、小綺麗でいたいなあと思う。そもそも「何歳になったら、コレは痛い」という決めつけはつまらない。「自分のことを痛いと思う女」にはなりたくないが、「他人から痛いと思われたくなくて必死な女」にもなりたくない。大人なんだから自分の基準で生きていきたい。“エイジング”を讃えたくもないが、悲観したくもない。
 パステルピンクが似合わなくなっても、ピンクベージュは似合うかもしれないし、もっと年を取ったら逆にビビットピンクがクールかもしれない。死に近付く一方の人生だからこそ、楽しんだり小綺麗でいたり健康で幸せに過ごしたりするための努力をして、今の自分に合うものを自分でしっかり選びたい。そういう大人でありたいと、30歳を迎えるにあたり、今改めて思っている。


Text/うろんちゃん

次回は <報われない片想いは蜜の味。追われる恋愛ができないタイプの女子>です。
『好きな人は「私には無関心」。そして、なんとも想ってもいない人から「好意を寄せられる」…こんな恋愛に面白味を見い出せない。』なんてお悩みのAM読者のみなさん。そもそも恋愛ってどんなものか知っていますか?追われる恋愛が苦手なら、それを克服するという楽しさも恋愛には潜んでいたりするものなのです…

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ライタープロフィール

うろんちゃん
元メンヘラ、元婚活ポエマー、既婚29歳(婚活卒業しました)

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