最後の瞬間、他人でしかなかった後悔

「付き合ってる時に、彼氏が今まで家族と住んでいた家から引越すってなって、身体のこともあるし一緒に住んでくれたらうれしいって言われて。でも私そのときまだハタチで、家を出るってことも、しかも同棲なんて親に言えなくて。じゃあ私は彼にどこまで何ができるんだろうって思ったら怖くなっちゃって、一緒に住むことを断っちゃったら、会えることも減っちゃって、なんとなく終わっちゃって」

 あさこちゃんがまだ若いことを忘れていた。ハタチ……そうかもしれない。ハタチの時に家を出て同棲をするだけでも親には言いにくい。ましてや「家族には心から感謝している」と自然に言えるあさこちゃんだ。相手はバツイチの余命宣告を受けている人だなんて、親のことを思えば言いにくいのは当然なように思う。
そしてまた、彼との同棲を躊躇してしまう自分が、一体彼に何が出来るのか不安に思うのも当然だろう。これが、勢いでバーン!っていけるタイプの人ならまた別だ。
でも彼女は、まわりに気を配り続けてくれる人だ。

「その後、新しい彼女ができたことは聞いてて。そう、めちゃめちゃモテるんですよ。とうとう無期限入院になったことも聞いてて、会いに行きたかったんだけど、なかなか勇気が出なくって。でも、やっぱ行くしかないって思った矢先に亡くなったことを聞いて。早く行けばよかったなあっていう」

 そうか……としか言葉が出ない。そうか……。

「余命宣告も何度も更新してたし、倒れても倒れても復活してたから、あの人は大丈夫だろうなって勝手な安心感もあった。どうせまだ生きてるんでしょう? っていう。なんか、そうだな………」

 あさこちゃんの次の言葉を、みんなで待つともなく待った。

今でもよく思い出すし、ちょっと後悔してる

 あさこちゃんを慰めるように、みんなちょっぴり笑う。多分とっても後悔してるだろうに、「ちょっと後悔してる」なんて表現を使うあさこちゃんのいじらしさを受け止めた。

「あの頃ビビらずにいけばよかったのかな、って結構思うし、会いたかったなあと思うなあ…会いたかったですよね。会えないですから、もう」

 最後まで思いを通わせられて見送れたら(もちろんそれでも本当に辛いだろうが)また違っただろう。でもあさこちゃんは怖気ついて逃げちゃって、そのまま彼はいなくなってしまった。彼はあさこちゃんの思いをどれだけ知っていただろう。次の彼女とどんな恋愛をして、どんな風に亡くなったんだろう。それは、あさこちゃんも知らない。

「でもそういうのも人生なのかなあって思う。…っていう風に片付けるしかないと思って!」

 言葉を失ってかすかな笑みを浮かべるしかない私たちを気遣うように、あさこちゃんは妙にサバサバとした口調でそう言った。
幸せになろうねーと、みんなで小さく乾杯した。「いやホントそうですよ!」とあさこちゃんは答えた。

 人には歴史アリ、だ。錦糸町で飲む、このスレンダーで童顔な彼女がそんな過去を持っているとは、いったい誰が思うだろうか。
表に出ているだけがその人じゃないし、自分の理解できる部分だけがその人でもない。本人にだって説明のつかない感情だっていっぱいある。人間一筋縄じゃいかんのよ、ということをこの連載は教えてくれるなあ、なんてシミジミとする。
あまりにも大事な過去を聞いたので、あさこちゃんが好きでたまらなくなってしまった。

既婚者に惹かれる欲求を、抑えたい

 彼と別れて以降、あさこちゃんは彼氏を作っていない。
発展しそうなこともあったが、どうにもその気になれなかったという。そこで出てくるのが、

未婚な人のあわよくば感がダメで。既婚者の落ち着きがよくて

 という前回語ってくれた考え方だ。
人生で一番好きだった人が不倫だったら、そりゃ不倫を否定する気にはならないよなーと、思う。猛烈に好きだった人にまつわることを嫌いになるのは難しい。
ましてや元カレは、もう決して更新されない大切な思い出としてしまわれてしまった。それを覆すのは難しい。

 でもあさこちゃんは実は結婚をしたい。
そして、家庭をちゃんと守りたいと思っている。

 大好きだった彼氏と別れて3年、その彼氏が亡くなって半年、あさこちゃんは久しぶりに今、男性としっかり向き合いだしている。
既婚者に惹かれてしまう自分の欲求を、初めて抑えようともしている。

 次回、自分が幸せになるための恋のスタートラインに立とうとしているあさこちゃんの、揺れる心。
そうして実は、この連載は一度おしまい。
あさこちゃんが最後に語ってくれた「恋愛とは私にとってなんなのか」の言葉で次回、幕を下ろします。

 待ちゆく人のリアルな恋バナがここにある…。
そう、あの人にも、この人にも。きっとあなたの恋愛人生も、十分にドラマチックで人間的だ!
≫ドラマチックな恋をしよう≪

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次回は <「恋愛って人をバカにしてくれる、それってきっと大事なバカさだと思う」とことん恋愛を肯定する24歳女子の強さ>です。
初めましての女子たちと酒を飲みつつ恋バナしちゃうこの連載もとりあえずの最終回。人生で一番好きだった人の死も、男に軽く扱われがちな自分も乗り越えて、前に進みはじめた24歳のあさこちゃん。彼女が恋愛を肯定し続けられる強さの裏には、とことん人と向き合ってきたこれまでの人生があった。