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誰かのために生きるより自分の意志で何度も花を咲かせよう

誰かのために生きられるなら

肉乃小路ニクヨ 恋愛 ニューレディー おネエ 淑女 martinak15

 先日、失恋をしたばかりという私より若い人が
別れて何が辛いかというと
「誰かのために生きられないのが辛い」なんて話をしていました。
「誰かのためだったら、頑張れることってあるじゃないですか?」
と言われました。

 まああ。それ、ここ10年くらいろくな恋愛をしていない私に
「何で生きているの?」って質問をしているのと同じことですよ。
と思いましたが、口には出さず、そのままその場はやり過ごしました。

 確かに巷ではそういう論調があるようですね。
TMNさんの名曲「Get Wild」でも

「誰かのために生きられなら …何も怖くはない」

 という歌詞があって、大変共感を得ている部分だと思うので、
そういう考えは一般的なのでしょう。

 でもこれ、すり替え理論だと思うのです。
誰かのために頑張って、それを評価されている状態の自分が心地良いし、
力が発揮できる、というのが本当のところです。
評価されなくなったら続かないのが大半です。
いつだって見返りを求めてしまうのが人間の性です。

「やってあげている」が生む綻び

 誰かのために生きる、仕事をする、
というのはモチベーションとしては良いと思うのですが、
大抵において詰めが甘くなります。
批判を承知で書きますが、
スポーツなどでも、お世話になった方々の恩返しのために
〇〇します、という選手は負けることが多いです。
勝負事ではその詰めの甘さが命取りになります。

 これも批判を承知で書きますが、
誰かのためにというモチベーションは
尊い一方、やってあげているという目線を自らの中に作り出します。

人間だもの、そう考えてしまうのは普通です。
その目線で何かをしていると必ず綻びが生じます。

 私も今まで、気が進まない時に自分に対する言い訳として
誰かのために、とか、恩があるからと理由をつけていたことがありますが、
大抵は満足する結果は得られませんでした。

 では、結果や実績を残したい場合に
どういうモチベーションで向き合った方が上手くいくのでしょうか。

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