「陵辱は書きたくないけど、オカズとしては好き」官能小説作家の悩み

大泉りかコラム

かつて某レーベルで官能小説を書くことになったときに、まず担当編集者に言われたのは、「うちは『凌辱』と『誘惑』の2ジャンルあるんですが、どっちを描きますか?」というセリフでした。

官能小説には、大まかに分けて二つのジャンルがあります。ひとつは暴力でもって相手を屈して辱める『凌辱』、もうひとつは都合よく相手から誘ってきてくれる『誘惑』です。もちろん、基本的にエロい官能小説を書くには、自分のもっとも興奮する性の形を描くべきであるわけですが、さて悩ましいのは、わたしはセックスに関していえば『誘惑』が好きで、自慰のネタでは『凌辱』が好きだということです。

セックスにおいて『誘惑』が好きなのは、ベッドインするまでの駆け引きや、上手く落とすことに成功したときの達成感、そして「乞われて与える」という立場を堂々と手に入れてのセックスが、気持ちよく感じられるから。
一方で『凌辱』は、現実の場合、嫌悪感や負けん気が先走ってしまい、快感までなかなかたどり着けない。さらには、まったく好きではない相手や、むしろ嫌っている相手に身体を触れられると、不愉快にも感じます。そういった肉体的な嫌悪感はなしで、脳内の興奮に浸るのに、『凌辱』コンテンツの存在は大変都合よく、一ユーザーとしては非常にありがたいとも思っています。

メンタルが削られる陵辱は書きたくないけど…

わたしにとっては、自らが紡ぐ物語のテーマとして、『誘惑』か『凌辱」のどちらを選ぶかは、悩ましい問題です。「せっかくなら凌辱を書いておけ!」と囁くわたしもいる。が、それでも踏み切れないのは、「人が可哀想な目に合う話は、書いていて気分がへこむ」ということも、後押しします。

例えば長編の場合は、ひと月かふた月くらいはどっぷりその話の世界に、心が同化することになるのです。仕事をしている以外の時間、食事をしたりお風呂に入ったり、友人としゃべったり夫とテレビを観たり子どもと遊んだりしている間も、その物語はわたし心の片隅に留まり続けている。そして、夜になれば家に帰るように、仕事の時間になれば、必ず物語に戻らなくてはならない。その物語がしんどいものだと、対峙している間はずっとメンタルが削られてしまう。

だから「凌辱は、書きたくない」……のだけれども、どこかで「書いてみたい」と思っている自分もいます。だってヘタレな自分は克服したいじゃないですか。そのためには今は力を蓄えたいと思っています。