迷惑をかけたら怒鳴られて当然…ではない
東京の子育てはなかなか厳しいよ、という具体的として話したつもりでしたが、案の定タイに住む友人たちから返ってきたのは「ええっ! 嘘でしょ、そんなことあるの!?」という言葉でした。いや、あるんですよ、というか東京ではむしろ頻繁にあるんです、子の責任はすべて親にあるとされているのでそのふるまいは常に試されている上にベビーカーで電車に乗るだけであからさまに邪魔だって目で見られるし子どもを抱えた状態であっても席を譲ってほしいときは自分からお願いしなくてはならないしファミレスでご飯を食べるときであっても騒がせないように気を付ける……といくらでも語れますが、一方でタイは子持ちにとても優しい。というか、基本的に人に優しい。
例えば今回の渡航の目的である、知人のライターの室橋裕和さんが上梓した『バンコクドリーム~Gダイアリー編集部青春記』という書籍の出版記念イベントでは、遅刻していったせいで席がすべて埋まっており、仕方なく立ち見を覚悟したところ、店員さんがわざわざビュッフェの料理をどかしてまで、スペースを作って誘導してくれたし、庶民の足であり、いつも混みあっているチャオプラヤー川のボートに乗ったときは、必ず近くの席に座っている人が立って座席を譲ろうとしてくれる上に、「大丈夫です」と断っても「いいから、いいから」と肩を掴まれて無理やりに座らせてくれる始末。
プーケットで一番の繁華街であるバングラ通りを歩いている最中には、正面から来た男性と息子がぶつかるという、ほぼ近所のコンビニ前と同じシチュエーションもありましたが、その際に男性は息子に向かって声を荒げて叱責するのではなく、「Sorry! Are you OK?」という言葉を掛けていた。
そんなこと書くと、「そんなに海外が素晴らしいというなら、さっさと日本から出ていけばいいじゃないか」なんて言われそうですけど、そういう話ではないのです。わたしは決して、日本という国をディスっているわけではなく、ただ、普段生活している場所の価値観やルールが唯一の正解なわけではなく、別の場所には、また別の価値観とルールがあることを忘れ、少しばかり視野狭窄になっていたこと――道路で息子の手を離して、他人に迷惑をかけてしまったわたしは、怒鳴られても仕方ないと思っていたけれど、それが価値観のすべてではないということを、久しぶりに訪れた微笑みの国で、はっと思い出したのです。やっぱり旅は最高です。
Text/大泉りか
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