久しぶりに歯医者の予約を入れました。若い頃は、歯が痛くなったり、詰め物が取れて、慌てて駆け込むくらいだったのですが、四十路を迎えると定期的に通ってメンテナンスをしておかないと、すぐに痛みが生じたり歯茎が腫れたりとトラブルが起きるのです。面倒くさくて、ついつい後回しにしたくなる度に、大昔に誰かが言っていた「歯は、放っておけばどんどん悪くなっていくだけで、治療をしないと絶対に治らない」という言葉を思い出して、しぶしぶ予約を取る。
怖かったり痛みの伴ったりするプレイは、それなりにマゾ的に楽しめるくせに、歯医者の治療となると、まったく楽しくない。それでも、後々もっと面倒なことになるよりかは……と仕方なく定期的に行きつけの歯科に予約を入れるようにしているのです。
デートの途中で起きた事件
さて、歯と言えば思い出すのは、かつての恋人のことです。あれはとある夏の日のことでした。わたしと彼とで、花火大会に向かっている最中。コンビニでつまみや酒などを仕入れ、「レジャーシートを敷く場所を確保できるかな」などとしゃべりながら歩いていたところ、突然彼が足を止め、そして言ったのです。「あ、奥歯が折れた」。
ふとした拍子に歯が折れる。しかも奥歯が折れるだなんて、信じられます? わたしには信じられません。ゆえに「えっ! 奥歯が! 折れた!? なぜ!!!!!」と素直な疑問をぶつけたところ、恋人は途端に不機嫌な口調になって言ったのです。「知らねーよ。ただ強く噛んだら折れただけ」。
それ以上、歯のことに突っ込んでほしくなさそうなのは、その態度からもありありとわかるし、いくらわたしが彼と付き合っているからといって、立派な大人に対して、「歯医者に行くべき」と説得する筋合いもない。例えば職も金もなく、歯医者に行きたいのに行けないのならば、相談に乗ってもいいけれど、さっきもコンビニでスナック菓子とビールを買っていたわけで、ならば病院に行かないのは彼の判断……が、そうはいっても隣にいる人の奥歯が折れていて、おまけにそのまま放置しようとしているのを黙って見過ごすのも、なんとなく落ち着きが悪い。
「わたしなら、奥歯が折れなんてしたら、何をおいても歯医者に駆け込むけどね」と嫌味混じりに述べたところ、案の定、「せっかくの休みなのに、病院で潰すなんてことは絶対にしたくない」という返事が戻ってきました。かといって彼は平日に、改めて歯医者に行くかというと「時間的に無理だし、仕事が休めるわけがない」という理由で行くわけがないこともわかっている。彼は歯医者には行きたくないし、行くつもりもないのです。ゆえに、わたしが何を言ったところで、それは無駄なこと。だから「後はもう知らね」と彼の奥歯のことは脳裏から締め出して、何もなかったかのように、花火会場へと向かったのでした。
- 1
- 2