「乳首くらいどこでも出せますから!」私の恥じらいを取り戻す方法

恥じらい

性の悩みは年齢によって変わるもの

先日、ひとつ年を取りました。付き合いの長い女友達から「誕生日、おめでとう」とLINEでメッセージが届き、お礼の返信を打ちながら「あれ、わたし、いくつになったのだっけ?」という疑問がふと湧きました。確か42歳のはず。いや、43歳だったか……。数年前に「40歳になるぞ!」と身構えたところまでは覚えているのですが、その後の記憶があやふやなのです。

40歳を超えてから、自分がいくつであるかが、まったくもってどうでもよくなったこともありますが、以前は意識して覚えていようといなくても、いろんなことを勝手に記憶していたことを考えれば、「これがボケの始まりか」と恐々とする思いもあります。同年代の友人たちも各々老いを感じ始めているのか、自然と老後のビジョンについて話し合う機会も増えてきました。

老後のビジョンというと、まず心配になるのはお金のこと、そして健康のことですが、とある女友達の一番の心配は「色ボケしたらどうしよう」ということだそうです。ああ、盲点。ボケて、家族に迷惑をかけることを考えるだけでも悩ましいのに、ゲヘゲヘと男性看護師に色目を使ったりセクハラしている婆に、家族たちが居た堪れない面持ちで制しているところを想像して、つらすぎる気持ちになりました。

幸いなことにボケが始まるまでは、まだ少し余裕がありそうなので、なんとか対策を練りたいと思うのですが、それにしても性の悩みは、その時の年齢に応じて変化していきつつも、一生つきまとうものなのだ、とため息をついた次第です。

青姦でも興奮しない!わたしの羞恥心はどこへ?

というわけで、今回は40代の性の悩み話です。周囲に話を聞くと、定番の「夫とセックスレス」に始まり、「濡れにくくなった」、「出産以降、性交痛に悩まされている」という肉体的な悩みから、「年下の男としかヤリたくなくなってしまった」、そもそも「性欲がなくなってしまった」なんて人もいる。わたしの場合は、あいにくそれらの悩みはないですが、また別の悩みがある。それは羞恥心の欠如です。

若い頃は、とにかくいろんなことが恥ずかしくて仕方ありませんでした。前戯によって下着にできた染みを見られることや、感じている時の顔、完璧に処理できている状態ではない脇の下などなど、「幻滅されて嫌われたらどうしよう」といつも心配だった。だからこそ青姦はドキドキしたし、野外露出はスリルがあり、外でお尻を触られると、それだけで濡れていた。

ところが、今。青姦は不自由さが先立つし、もっとじっくり楽しみたいからノーセンキューと断るようになり、野外露出は「乳首くらいどこでも出せますから!」という謎の逆ギレ芸を身に着けてしまっていて、外でお尻を触られると反射的に相手の股間を触り返してしまう。

体型だって若い頃に比べればすごく崩れているので、脱ぐことにもっと抵抗があってもいいのに「産後のババアの身体なんて、こんなものでしょ」という開き直りができてしまう。精神的にタフになったというよりも、精神の弱さをカバーするための鎧を身に着けてしまったといえばいいのでしょうか。この鎧、どうやって外せばいいの? という状態なのです。