忘れられない「自称ドS」

あれは友人宅で鍋パーティーをしていたことでした。皆でわいわいとにこやかに鍋をつついていた最中のこと。開始からしばらくして、遅れて到着した女性が部屋に入るなり、小分けになったお徳用のミニチョコレートを盛大にバラまいて、高々と叫んだのです。

「ほら、下僕ども! チョコレートを拾いなさいっ!」

突然のことに全員ポカーン。と、同時に「これは絶対に拾っちゃいけないヤツ」と、そこにいた皆が心得た空気を感じました。だって拾った時点で彼女の下僕に決定です。こんな乱暴な女に下僕扱いされるのなんて、まっぴらごめん。

しかし、問題はチョコレートのいくつかが鍋の中の落ちたこと。そして、そのチョコレートの放送が真空パックではなく、キャンディ包みだったことでした。早く拾い上げないと、溶けてしまう。けれども、拾うと下僕決定。究極の選択です。

悩んだ末、責任感の強い長女気質のわたしは、チョコレートを拾うことにしました。その際、「大変! チョコが溶けちゃう!」と周囲の皆に聞こえるように言い続けたのは、下僕になることに同意したわけでは決してなく、あくまでも鍋のレスキューを優先させたということをアピールするためです。

スベりかけたものの、わたしというキャッチャーを得て自信を取り戻した自称S女性は、「ほーら、もっと拾いなさい?」とさらにチョコレートをばらまき、わたしはひたすらに「わー、チョコが溶けてチョコレート鍋になっちゃう! 早く早く拾わなくきゃ!」と攻防を繰り返すことしばし。ようやくチョコレートが底をついたところで、GHQプレイは終了したのでした。

やはり切実に思うのは、とにもかくにも、性癖のSやMと、日常生活を送る上でのふるまいは、分けたほうがいいのではないかということです。誰彼構わずにMだと申告すれば、男性に構ってもらいやすいけれど、代わりにつけこもうとする輩が出てくる。相手を見ずに高圧的なSの態度を取り続ければ、自分だけが権力があると思いながら、実は皆に陰で笑われるはだかの王様となってしまうのです。

さて、ここから先はおまけの後日談ですが、わたしがチョコレートを拾い続ける姿がツボにはまったから、という理由でその場に同席していた男性に告白され、付き合うことになりました。自称ドSの人が役に立つこともあるんですね。

Text/大泉りか

次回は<なぜ男はあの写真を送って喜ばれると思いこんでいるのか?>です。
「元気出して!」と冗談めかしたり、恋人に「君のことを考えて」と言われたり、最悪の場合はAirDrop痴漢だったり、大泉りかさんの場合、男性器の写真を送りつけられた経験がたくさん。果たして彼らの心理とは?