痴漢へ走っていった彼の目的は……

まだ結婚していない数年前、わたしと彼が同棲していたアパートは、大通りを入った細い道の突き当たりにありました。

ある日、夜更けまで飲んだ帰り道、大通りでタクシーを降りたわたしは、自宅への細い道に入ったところで、「あの……」と後ろから声を掛けられたのです。

振り向くと、そこにいたのは下半身丸出しの男性。「僕のコレ、見てくれませんか」と下半身を指さしてきたので「見ません」と即答し、大通りにダッシュ。戻ったところで急いで恋人に連絡しました。

「痴漢がいる! 下半身見せてきた! 大通りまで迎えにきて!」
「よし、すぐ行く! そこで待ってろ!」

なんと頼もしい。夜更けまでほっつき歩いているわたしの自己責任だとなじるでもなく、夜中に駆り出されることに面倒くさがるでもなく、ふたつ返事で来てくれるなんて。ああ、この人はやっぱり、これまでの男性とは違う……。

しみじみと感激に浸っているわたしのもとに、1分もしないうちに到着した彼は言いました。

「大丈夫?」
「うん! ありがとう!」
「で、痴漢はどこいった?」
「あっちだと思うけど」
「よし! あっちな!」

先ほどの小道を指さすと、彼は止める間もなく、そちらへと走って消えていきました。わたしを大通りにぽつんと残して。

「え……」

彼はわたしを迎えに来たのではなかったのか。夜道にひとり置いていかれたことの、意味のわからなさ。痴漢を見つけ出してボコるようなタイプではないはずだし、じゃあ、痴漢に何の用事が?

もう一度携帯を鳴らしてみたものの、出ない。仕方ないので覚悟を決めて、恐る恐るひとりで家に帰りました。恋人が帰ってきたのは、それからたっぷり10分ほど経った後のことでした。

「なんで走って行っちゃったの?」

彼は答えました。

「え、だって、夜道でチンポを出すような変態、見てみたいじゃん?」

まさかの無邪気な好奇心! 予想外のバカバカしさに苦笑いするしかありません。

そして、痴漢への怒りは、その笑いで溶けました。怒りに同調してくれる人は貴重だけれども、笑いで昇華してくれる人も、それはそれで貴重な存在です。夫よ、馬鹿負けをありがとう。

Text/大泉りか

次回は <「子育てがんばってるね」への返答は「だって可愛いじゃん!」でいいはずなのに>です。
夫が、「いや、いつももっと面倒を見ろって言われてますから」と冗談っぽく謙遜。この言葉がチクリと胸を刺したのは、夫の育児への主体性を奪う「呪いの言葉」を大泉りかさんが発していたのではないか、という不安からでした。

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