不倫もエアコンのONOFFも「正義」はたった1つではないから

不倫に1つの正義はあるのか?

冷房が強すぎて、あるいは暖房が弱すぎて肌寒い女性の画像 ぱくたそ

誰しも自分の中に正義を持っています。けれども正義の厄介なところは、自分の正義が必ずしも他人にとっても正義であるとは限らないことです。

例えば不倫された妻。妻にとっての正義の根拠は、自分の正妻という立場でしょう。ゆえに、わたしという妻がいながら不倫した夫は反省してしかるべきだし、不倫相手の女も、妻の権利に基づいて相当の制裁がなされるべきだと考える(ちなみに法律はその点においては不倫された側の味方で、配偶者および不貞をした相手の両方に、慰謝料を請求することが出来ます)。

しかし、必ずしもそれが、妻以外にとっての正義とは限りません。多くの不倫男性にとっては平和こそが正義であって、愛人の女性が妻から制裁を得ることを望まないし、なるべく波風を立てずにやり過ごそうとする。一方で既婚男性を愛してしまった女性は、自分たちの愛こそが正義であり、その愛を阻害する妻は邪魔者でしかない……。まぁもちろん、これがすべてではないですけど、正義って、その人にとっては揺るぎないものだからこそ、揉め事の火種にもなります。

我が家のクーラー問題

さて、何が言いたいのかというと、クーラー問題です。我が家では、梅雨明けから突然訪れた猛暑に耐え切れずに、ついに寝ている間はつけっぱなしがデフォルトになってしまいました。去年までは「自然の風のほうが気持ちいい。エコだし~!」なんて言って、なるべくつけないようにしていたのですが、やめました。だって今年、暑すぎないですか? 少しでも「ちょっと暑すぎるかな」と思ったら、なんの抵抗もなくスイッチを入れています。

基本的には我が家の夫は、エコ志向のある人なので、これまでも「夏は暑いものだよね!」とそれはそれで納得していて、股間に保冷剤をあてて暑さに耐えていました。ところが今年、「こんなに暑いとクーラーつけないと無理でしょ、死ぬでしょ」とわたしがいきなり転向。でも夫は「クーラーって涼しくて最高だね!」とその状況をポジティブに受けいれてくれています。空調の温度に強いこだわりがなくてありがたいです。ようするに、我が家の温度調節のリモコン権はわたしにあるという話です。

しかし、かつては、男性側に温度調節のリモコン権を渡していたこともありました。