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  • 2017.11.25

そして私は身体を上司に投げ出した。洗脳じみた職場のハラスメントと決別するために

23歳の大泉りかさんが転職した先は、パワハラ上司のいる出版社でした。2人きりになったある日突然、目の前で性器を露出するようなひどいセクハラにも遭ったのに、なぜ仕事を辞められなかったのか。ハラスメントが「普通」になってしまう前に、脱出するためには。

転職先のパワハラ上司

毛の長い絨毯の上で白いシャツの女性が仰向けに寝ている画像
cuncon

 先週書いたとおり編集プロダクションを辞めたわたしは、某大手出版社のデジタルコンテンツ部に籍を置くことになりました。ウェブサイトの編集をしつつ、書籍を作るという仕事です。編集部といっても、上司にあたる社員の編集長がひとりと、わたしと同じ常駐フリーランスという立場の男子学生がひとりいるだけの小さな所帯です。

 編集部は、本社とは別のビルにあり、80平米以上あるワンフロアすべてが、わたしの勤めていたデジタルコンテンツ部のオフィスです。別の階には歴史編纂室だとか、辞典を作っている部署だとかが入っていましたが、ビル全体がひっそりとしていて、人の出入りはほとんどありませんでした。たまに用事があって本社に立寄ると、そっちにはたくさんの人が出入りしていて活気があり、「こっちはいいなぁ」といつも思っていました。

 上司はとても怖い人でした。ほぼ毎日のように怒鳴られたり叱られたりして、この頃のわたしは、比喩ではなく本当に、女子トイレで毎日咽び泣いていました。けれども、わたしに 仕事の経験がほとんどなかったのも事実だったので「仕事が上手にできないわたしが悪い」と思い込んでいました。当時23歳だったわたしは「パワハラ」という言葉を知らなかったのです。

 毎朝、重い足取りで出勤する途中、「行くの、やめちゃおうかな」「この電車に乗るの、やめちゃおうかな」と考えていました。それでも辞めるという選択肢を取らなかったのは、就職をきっかけに家を追い出されたわたしには、当然貯金などなく、辞めた途端に困窮することが目に見えていたからです。

 それに、仕事自体は、前の会社よりもやりがいがありました。このままここにいることが、出版で食っていくという夢を叶えるためには最も近道に思えました。だから、わたしはどんなにつらくても、職場に必死にしがみついていたのです。

上司が突然ズボンを下ろし…

 そんなある日、会議がありました。会議といっても小所帯なので、会議室ではなく、編集部の片隅にあるパーティションで区切られたスペースでいつも行われています。
その日は、フリーランスの男性は休みで、編集部には、わたしと上司のふたりだけでした。編集長は珍しく機嫌がよく、会議は穏やかに進んでいました。いつもみたいに、「ちゃんと僕のいうことを聞いてないって、耳が悪いんですか。聞こえてます?」「このままじゃ、あなたの仕事、なくなっちゃいますよ」となじられることも、ハーッという聞こえよがしの溜息が出ることもなく、会議がまるで奇跡のように、無事に終了する直前のことでした。突然上司は言ったのです。

「いやぁ、それにしても、あなたはセクシーですね」
突然のことに、「は、はぁ」と間抜けな声を返すと、上司はぺらぺらと突然、わたしが、いかに性的に魅力的であるかを語り始めました。いきなりどうしたと、あっけにとられているうちに「あまりに魅力的なんで、こんなになってしまいました……自分でしてもいいですか」と突然ズボンを降ろして、勃起したペニスを出し、しごき始めたのです。

 普段は鬼のように怖い上司がいきなりオナり始めた……どうにもこうにも理解が出来ず、ただわたしに出来るのは、オナニーをする目の前の男を見つめることだけでした。上司は数分で達すると「ありがとうございます」とわたしに軽く礼を言って、何事もなかったように席を立ったのでした。

 そこから数日間、上司に叱られることはありませんでした。どんな激しい劣情に駆られたかはわかりませんが、あんなことをしてしまい気まずくなったのだろうかと、わたしは考えました。セクハラをされたことに怒りを覚えると同時に、弱みを握ることが出来たのかもしれないとも考えていました。待遇を改善するための武器に使えるかもしれないと思ったのです。

 しかし、パワハラがやんでいたのもほんの少しの間のことで、怒鳴られ、暴言を吐かれる日々がまたすぐに戻ってきました。けれどもわたしの気持ちは以前とは違っていました。彼には家庭も子供もいて、会社での立場だってある。「会議中にフリーランスの若い女性の前でオナニーをした」とバラされて困るのは、断然に彼のほうです。

 けれども彼は後ろめたさなどひとつも感じていないようでした。おまけに、待遇は改善されるどころか、怒鳴る、無視する、暴言を吐くといったパワハラに加えて、いやらしいことを言ってくるセクハラまでもが加わったのです。

普通じゃない環境に適応してしまう前に

 そんな中、わたしは上司と一泊で地方に出張に行くことになり、半ば投げやりな形で、彼の求めに応じて、身体を投げ出しました。おそらく相手は同意だと思っているし、わたしも当時は自分の選択だと思っていました。
けれども、本当は違います。洗脳だとか精神的DVだとか、ある状況が続けば、人は不本意ながらもその状況を作り上げる人に、従うようになってしまう。わたしの「同意」はただ、追い込まれ、その環境に心と身体が適応しようとした結果なのだと思います。そういう心のメカニズムを、当時のわたしはちっとも知らなかった。

 ある日、上司に言われました。「もしも僕を陥れようとしたら、地の果てまで追いかけて、あなたを追い詰めますからね」と。いま思えば「やれるならやってみろこっちは出るとこ出てやるぞ」と3秒で反論できますが、その頃のわたしは若くて、父親と同世代の上司に歯向かうことなんて出来ませんでした。学生時代から夜のアルバイトばかりしてきたのだから、すれてすっかり世間を知っているつもりでしたが、実際はまったく知らなかった。だからそう言われて、単純に怖かった。

 上司との関係は数回ほど続きました。パワハラも続きました。わたしが辞める決意を固める前に、結局そのデジタルコンテンツ室という部署そのものが消失することになりました。そうして自由になって、清々しい気分を感じて初めて「なんで辞めなかったんだろう、なんでずっと我慢してここにいたんだろう」と気が付きました。まるで目の前の霧が晴れたようでした。

 そしてもうひとつ気が付いたのは、わたしは、何か物事と決別することが苦手なたちであるということです。望まない状況にあっても、そこから逃げるのではなく、その場に踏み留まることを正しいと考える傾向にある。それは、依存しがちということかもしれないし、良い言い方をすれば情が深いのかもしれません。この時期はわたしの暗黒期でした。けれども、そういう自分の性質に気づけたことは良かったと考えているし、この時の気づきが、後に人生を大きく変える選択を迫られた時に、背中を後押ししてくれることにもなりました。

 だからといって、「良い経験だった」なんて思っているわけもありません。いま、パワハラやセクハラで苦しんでいる人は、頼れる人にすぐに相談をして、一刻も早くそこから脱出してください。あなたのいるそこは「普通の場所」ではなく「異常な場所」なんです。


――次週へ続く


Text/大泉りか

次回は<次の男ができるまで別れない「乗り換え形式」は良くなかったのかもしれない>です。
AM読者のみなさんは、恋人と別れるのはどういうタイミングが多いでしょうか?大泉りかさんのように、新しく好きな人ができると乗り換えるスタイルの方も多いかもしれません。しかし珍しく、大泉さんが次の男のあてのないまま別れたあるとき、その心にはいつもと違う奇妙な感情が残りました。

ライタープロフィール

大泉りか
キャバ嬢、SMショーのM女、ボディペインティングのモデルなどの経歴を経て、現在は官能小説家、ライトノベル作家。
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