辛い思いでは楽しい思い出で上書きする
その日は土曜日でした。彼は、土曜日の終業時刻が読めない職場で働いていたのですが、その日は昼の15時すぎに帰ってきて、こう言ったのです。「俺って酒も飲まないし贅沢な外食もしないだろ?だから、たまにはいいよなって思って、仕事帰りに鰻を食べてきた。今日は給料が出た後だから、奮発して二段にしちゃったよ」
それを聞いた瞬間、「えっ!」とあっけに取られた気分になりました。もちろん、自分の金で何を食べようと自由ですし、付き合っているからといって、必ずしも行動を共にしなくてはいけないわけではない。現にわたしだって外に出た時はひとりで好きなものを食べていました。
けど、モヤる。
だって、ラーメンや蕎麦ならともかく、鰻の二段重ですよ。「お腹空いたし、さっとなんか食べて帰ろうかなぁ」と思った時に、仮に鰻屋が目に入って「あっ、鰻食いたい」と思ったとしても、「家にいる恋人も食べたいだろうなぁ……」と考える思いやりや配慮や優しさはないのか。
決して、「ひとりだけ美味しいもの食べてズルい」ではないんです。ただ、「一緒に美味しいものを食べたい」と思ってくれないことが悲しかった――『鰻の二段重』に持っていたのは、そんな思い出でした。けれど、これから先は、『鰻の二段重』を見かける度に思い出すのは、「ひとりで食いやがったアイツ」ではなく「夫とふたりで結婚記念日に食べた」ことです。
辛い思い出、腹の立つ思い出、悲しい思い出を消すには、楽しい思い出で上書きをするという方法があることを、私は3度目の結婚記念日に知りました。
…次回は《隠し切れないモテの戦略!?女をイラッとさせる「おエロマウンティング」》をお届けします。
Text/大泉りか
初出:2015.11.07
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